第7話 母の静かな葛藤
夜が更け、家の中が静まり返った頃。直子は一人で台所に残り、薄暗い明かりの下、ぼんやりと家計簿を眺めていた。田辺先生と柚月の言葉が頭の中を巡り、ペンを握る手が止まる。
直子(心の声)
「音楽の才能があるって…そんなことが、この家にどれだけ意味があるの?私はただ、この子たちが食べていけるようにするだけで精一杯なのに。」
直子は深いため息をつき、窓の外を見る。外には静かな港町の風景が広がり、遠くから波の音がかすかに聞こえてくる。
ふと、柚月が幼い頃の記憶がよみがえる。
回想シーン:幼い柚月と直子
数年前、まだ柚月が小学校に入る前。直子が漁に出た夫を待ちながら洗濯物を干していると、幼い柚月が外で木の枝を使って地面に何かを描いている。
直子(当時の声)
「何してるの、柚月?」
柚月は嬉しそうに振り返り、地面に描いた線を指さす。
幼い柚月
「ピアノ!でも、音が鳴らないの。」
直子は思わず笑いながら、柚月の描いた「鍵盤」の上に立ってみる。
幼い柚月
「お母さん、それ、今ドの音だよ!次はレ!」
直子はその純粋さに少し驚きながらも、笑顔で応じた。
直子(心の声)
「この子は、きっと昔から音楽が好きだったんだ。」
現実に戻り、直子は家計簿を閉じる。疲れた顔を両手で覆いながら、もう一度深く息を吐き出す。
直子(つぶやくように)
「音楽が何になるのかなんて分からない。でも…あの子が自分らしくいられるなら、それを止めるのも違う気がする。」
彼女は台所を出て、そっと柚月の部屋を覗き込む。布団の中で眠っている柚月の顔は穏やかで、微かに口元が動いている。何か夢を見ているのかもしれない。
直子はそっと部屋を閉じ、台所の灯りを消す。
カット:夜空に浮かぶ星と静かな海の風景。波の音が聞こえ、母としての直子の迷いと、小さな希望が交錯する。
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