第6話 母との話し合い

夜、宮本家の台所。夕飯の片付けが終わり、直子が家計簿を広げている。柚月は机の隅で弟の翔の宿題を手伝いながら、田辺先生からの提案をどう切り出すかを考えていた。翔が宿題を終えて部屋を出ると、台所には直子と柚月だけが残った。


柚月は意を決して母に声をかける。


柚月

「お母さん、ちょっと話してもいい?」


直子は顔を上げずに、ペンを握りながら答える。


直子

「何?またピアノのこと?」


その言葉に少しだけ躊躇したものの、柚月はゆっくりと口を開く。


柚月

「先生がね、今度近くの町で音楽の発表会があるって。私の作った曲をそこで弾けるようにって言ってくれたの。」


直子は一瞬手を止めて顔を上げる。その表情には驚きと戸惑いが混ざっていた。


直子

「発表会?それって、あんたが出るの?」


柚月

「うん…。でも、ちゃんと練習して、迷惑をかけないように頑張る。だから…お願い、出させてほしい。」


直子は深いため息をつき、少し厳しい口調で答える。


直子

「簡単に言うけど、そんなことして何になるの?この家のこともまだ何もできてないのに、発表会なんて贅沢じゃない。」


柚月は母の言葉にぎゅっと拳を握るが、涙をこらえながら必死に訴える。


柚月

「分かってる。でも、私がこの曲を弾くのは、ただ自分のためじゃないの!お母さんにも聞いてほしいの、私の音楽を。」


直子はその言葉に一瞬驚いたような表情を見せるが、すぐに視線をそらす。


直子

「…音楽なんて、家計の足しにはならない。」


その言葉に柚月はぐっと唇をかむが、再びまっすぐ母を見つめて言う。


柚月

「でも、私が音楽をやめたら、この家に何か変化がある?私は、ピアノを弾いているときだけ、私が私でいられる気がするの!」


直子はその言葉に困ったような表情を浮かべるが、何も言わずに黙り込む。


そのとき、玄関のドアがノックされる音がする。直子が立ち上がり戸を開けると、そこには田辺先生が立っていた。


田辺

「突然お邪魔してすみません。少しだけ、柚月さんの発表会のことをお話しさせていただけませんか?」


直子は驚きながらも、家の中に田辺先生を招き入れる。田辺先生は台所に入り、静かな声で話し始める。


田辺

「お母さん、柚月さんの才能は本当に特別なものです。それを、この小さな町で終わらせるのはもったいないと思っています。発表会は彼女にとって大きな一歩になる。どうか許していただけませんか?」


直子は腕を組み、田辺先生の言葉を聞きながら考え込む。その表情は、いつもの厳しさの中に迷いが浮かんでいる。


カット:台所の窓から見える夜空。母の決断を待つ柚月の小さな背中が、暗い部屋の中で不安に揺れている。

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