第5話 田辺先生の提案
夕方、公民館のピアノ室。窓から差し込む柔らかな夕日が鍵盤を照らしている。柚月はピアノの前に座り、田辺先生の指導のもと、昨日作ったメロディーを繰り返し弾いていた。だが、その指はどこかぎこちなく、途中で音を外してしまう。
柚月(悔しそうに)
「また間違えちゃった…。なんでうまくいかないんだろう。」
田辺先生は隣で腕を組み、優しい目で柚月を見つめながら微笑む。
田辺
「間違えるのは当たり前だよ。音楽って、完璧になるより、どれだけ感じた気持ちを音に乗せられるかが大事なんだ。焦らず、君のペースで進めばいい。」
柚月はその言葉に少しだけ肩の力を抜き、再び鍵盤に向き直る。
柚月
「…先生がそう言うなら、もう一回やってみます。」
彼女は鍵盤を見つめ、今度は少しずつ確かな音を奏で始める。音が伸び、つながり、昨日よりも滑らかなメロディーが公民館の静かな空間に広がっていく。
演奏が終わると、田辺先生は軽く拍手をして声を上げる。
田辺
「いいね、柚月。音がずっと柔らかくなった。すごく進歩してるよ。」
柚月は照れくさそうに笑うが、その顔にはどこか自信が宿っている。
柚月
「ありがとうございます。でも、まだまだです。」
田辺先生は少し真剣な顔つきになり、何かを決めたように話し始める。
田辺
「実はね、君に一つ提案があるんだ。」
柚月は驚いて田辺先生を見上げる。
柚月
「提案?」
田辺は静かにうなずきながら続ける。
田辺
「今度、近くの町で音楽発表会があるんだ。そこに、君の作った曲を出してみないかと思って。」
柚月はその言葉に目を丸くし、思わず椅子から立ち上がる。
柚月
「えっ、私が?発表会なんて…無理です!」
田辺は落ち着いた声で柚月をなだめる。
田辺
「最初から上手くやろうとしなくていい。ただ、君の音楽を誰かに聞いてもらうこと。それが次の一歩になるんだ。どうだろう?」
柚月は戸惑いながらも、ピアノの鍵盤に目を落とし、自分の手をじっと見つめる。彼女の中で、期待と不安が交錯しているのが伝わる。
柚月(小さな声で)
「…お母さんは、きっと反対すると思います。」
田辺
「それなら、僕も一緒に説得するよ。大事なのは、君がどうしたいかだ。柚月、君の音楽をもっと広げてみたいと思わない?」
柚月はしばらく黙って考え込むが、田辺先生の言葉が心に響き、やがて小さくうなずく。
柚月
「分かりました。やってみます。でも、上手くいかなかったら…」
田辺(微笑んで)
「そのときは一緒に反省して、また次の一歩を考えればいい。それが挑戦するってことだよ。」
カット:窓の外に広がる夕焼け空。公民館の中で、柚月が鍵盤に触れる指に力を込める姿が映る。その顔には、少しずつ強さがにじみ始めている。
次のシーンでは、柚月が家で母・直子に発表会の話を持ち出し、母との新たな葛藤が描かれる。
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