第28話 迷宮の中で

それから数日後、柚月たちは本格的に「星の迷宮」のアンサンブル練習を始めていた。ピアノ室には彼ら三人だけの音が響き、曲の複雑な旋律とリズムに挑戦する日々が続いていた。


柚月のピアノは確実に進歩していた。つっかえていた部分も少しずつ滑らかに流れるようになり、自分の音がアンサンブルの中でどのように響いているのかを感じ始めていた。しかし、全体が揃うにはまだ遠かった。


その日の練習も、途中で止まることが何度もあった。チェロとバイオリン、そしてピアノがぶつかり合うように音を出しながら、次第に疲労感が漂い始める。


アキ(ため息交じりに)

「やっぱりここ、難しいね。このタイミングでピアノとバイオリンがぴったり合わないと、私のチェロが浮いちゃう。」


翔も弓を置き、眉をひそめた。


「たぶん、俺が入るタイミングがずれてるんだ。ピアノをもっとよく聞けばいいんだけど、どうしても急ぎすぎてしまう。」


柚月は二人の言葉に肩を落とした。


柚月

「私のピアノがしっかりしていれば、もっとみんなが合わせやすくなるのに…。」


部屋に沈黙が流れる。三人の間に漂う焦りと不安が、音楽の迷宮をさらに深く感じさせていた。そのとき、部屋の扉が静かに開いた。


佐伯先生

「休憩を入れたほうがいいわね。」


佐伯先生が入ってきた瞬間、三人は一斉に顔を上げた。彼女は微笑みながら、それぞれの楽器に目を向けた。


佐伯先生

「音楽は不思議なものよ。一人でできる部分もあるけど、仲間と作る音楽は、自分一人では見えないものが見えてくるの。」


彼女はピアノの隣に座り、柚月の楽譜を指しながら続けた。


佐伯先生

「この部分ね。三人とも自分の音に集中しすぎているわ。互いの音をもっと聴いて、同じ空気を感じてみましょう。」


先生の指示で、三人は再び楽器を構えた。佐伯先生が拍を取りながら、まずはゆっくりと音を合わせていく。テンポを落とすことで、それぞれの音がどのように絡み合うのかが少しずつ見えてきた。


佐伯先生

「そう、今度は自分の音を少しだけ引いてみて。他の音に溶け込ませる感覚を大事にするの。」


柚月はその言葉に従い、ピアノの音を控えめにしながら他の二人の音を意識した。チェロの深い響きと、バイオリンの高い旋律が重なり合い、自分の音がその間を支えているのを感じた。


曲が進むにつれ、三人の音が徐々に調和し始めた。互いの音を聴き合うことで、これまでの違和感が少しずつ解消されていく。そして、最後の音が鳴り終わった瞬間、部屋に静寂が訪れた。


アキ(小さな声で)

「今の…すごくよかったよね?」


翔も深く息を吐きながら頷いた。


「ああ、何かが掴めた気がする。」


柚月はピアノの前で静かに手を重ねたまま、心の中に湧き上がる感覚を味わっていた。


柚月(心の声)

「音が、響き合っている…。私の音が、二人の音に支えられているんだ。」


佐伯先生は満足そうに微笑み、立ち上がった。


佐伯先生

「今の感覚を忘れないようにね。それが『星の迷宮』の鍵なのよ。」


その後、三人は机を囲んで次の練習の計画を立て始めた。柚月は仲間たちと話しながら、自分がどれだけ音楽を通じて成長しているのかを実感していた。


柚月(心の声)

「この曲を完成させることが、私たちの音楽をもっと深くするんだ。絶対に最後まで弾き切りたい。」


カット:ピアノ室の窓越しに見える夜空には、星が一つ、また一つと輝き始めている。その光が、三人の新たな挑戦を優しく見守っていた。


次回予告

柚月たちは「星の迷宮」を完成させるためにさらに練習を重ねていく。しかし、そこには新たな試練が待ち受けていた――音楽の迷宮を進む彼らが見つける、本当の答えとは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る