第38話 揺れる決断
夕暮れがピアノ室を包む中、柚月は窓際の椅子に座り、エーリヒからの提案を何度も頭の中で反芻していた。ドイツで学ぶという夢のようなチャンス。しかし、それを掴むためには、今の音楽仲間であるアキと翔との時間を手放す必要がある。
アキがチェロの弓をケースにしまいながら口を開いた。
アキ
「ねえ、柚月。あの話、本気で考えてる?」
柚月は顔を上げ、少し困惑した表情で答えた。
柚月
「うん…。でも、正直どうすればいいのか分からない。」
翔がバイオリンを調整しながら静かに言った。
翔
「お前にとっては大きなチャンスだよな。ドイツで世界的なピアニストのもとで学べるなんて、滅多にない話だ。」
アキが少し拗ねたように笑いながら続けた。
アキ
「そうだよね。こんな田舎のピアノ室で一緒に練習するより、世界に行くほうが柚月には似合うのかも。」
その言葉に、柚月は慌てて首を振った。
柚月
「そんなことない!私は二人と一緒に音楽を作るのが大好きなの!」
アキはその言葉を聞き、少し優しい笑顔を浮かべた。
アキ
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私たちのことを気にして決断を迷うのは、もっと違うと思うよ。」
翔も頷きながら言葉を添えた。
翔
「そうだ。お前がどうしたいか、それを大事にしろよ。俺たちのことは心配するな。」
その言葉に、柚月の胸が少し締め付けられるような気がした。二人が自分を信じてくれているからこそ、簡単に決断を下すことができない。
柚月(心の声)
「私がどうしたいか…。でも、それは二人と一緒に音楽を続けたい気持ちと、もっと音楽を深く追求したい気持ちの間で揺れている。」
そのとき、ピアノ室の扉が再び開き、佐伯先生が入ってきた。先生は三人の緊張した空気を察し、静かに微笑んで椅子に腰を下ろした。
佐伯先生
「どうやら、迷っているようね。」
柚月は小さく頷いた。
柚月
「先生…どうすればいいのか分かりません。」
佐伯先生はしばらく考えるように目を閉じ、それから口を開いた。
佐伯先生
「柚月、音楽の道はいつも選択の連続よ。どちらを選んでも、必ず得るものもあれば、失うものもある。それでも、今のあなたにとって一番大切なものが何かを考えることが、答えを見つける鍵になるわ。」
柚月はその言葉に耳を傾けながら、さらに深く自分の心と向き合った。
柚月(心の声)
「一番大切なもの…。私にとって、それは二人と作る音楽なのか、それとも新しい世界で自分の音楽を見つけることなのか。」
アキが笑顔で手を叩き、明るい声で言った。
アキ
「ねえ、そんなに悩んでるなら、まず私たちに『光の航路』の完成形を聞かせてよ。それを聴いてからでも遅くないでしょ?」
翔もそれに応じるように言う。
翔
「そうだな。お前が出した音を聞いて、それでまた話し合おう。」
柚月は二人の提案に頷き、再びピアノの前に座った。鍵盤に指を置き、深呼吸をする。そして、三人は再び「光の航路」を演奏し始めた。
その音楽は、迷いの中で見つけた希望を紡ぐような旋律だった。チェロの深い響きが道を作り、バイオリンがその上を軽やかに舞い、ピアノが優しくそれを包み込む。音楽がホールの隅々まで満ちていく中で、柚月の心に一筋の光が差し込む。
演奏が終わると、しばらくの静寂の後、柚月は小さく笑った。
柚月
「ありがとう。二人と一緒に演奏して、少しだけ自分の気持ちが見えた気がする。」
アキが満足げに頷き、肩を叩いた。
アキ
「じゃあ、悩みすぎないで。どっちを選んでも私たちは応援するから。」
翔も笑いながら続けた。
翔
「お前が選んだ道を、俺たちも全力でサポートするよ。」
その言葉に、柚月の胸は温かさで満たされた。まだ答えは出ていない。それでも、自分の音を信じて進むべき道を探す勇気を持てた気がした。
カット:窓から差し込む夕陽がピアノ室を静かに照らす。三人の音楽は、まだ続く未来への希望を感じさせていた。
次回予告
エーリヒの提案に向き合いながら、柚月は自分の音楽の軸を探し始める。そして、ある出来事をきっかけに彼女の選択が決定的なものとなる――物語は新たな展開へ。
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