第39話 決意の瞬間
その夜、柚月は一人でピアノ室に戻ってきていた。静まり返った室内に月明かりが差し込み、昼間の練習では感じられなかった空気が漂っている。机の上には、エーリヒから渡されたドイツの音楽アカデミーの案内書が広げられていた。
柚月(心の声)
「私に本当にできるのかな…。ドイツに行くなんて、全然現実味がない。でも、このチャンスを逃したら、きっと後悔する。」
彼女はゆっくりとピアノの椅子に座り、鍵盤に手を置いた。指が自然に動き出し、「光の航路」の冒頭部分を奏で始める。低い旋律が響き、曲が進むにつれて、ピアノ室は音楽で満たされていく。
ふと、扉が開き、佐伯先生が静かに入ってきた。柚月は演奏を止め、驚いた表情で先生を見つめた。
佐伯先生
「一人で考え込んでいるのかと思って、様子を見に来たの。」
柚月は少し困惑しながらも、案内書に視線を向けた。
柚月
「先生…私は、ドイツに行くべきなんでしょうか?それとも、今のまま二人と一緒に音楽を続けるべきなんでしょうか。」
佐伯先生は静かに微笑みながら、柚月の隣に腰を下ろした。そして、ピアノの上に置かれた案内書に目を向けながら語り始めた。
佐伯先生
「どちらを選んでも、後悔はすると思うわ。」
柚月は驚いた表情で先生を見た。
柚月
「後悔…するんですか?」
佐伯先生
「ええ。どちらを選んでも、もう一つの道に『もしも』を感じるのが人間だから。でも、大事なのは、どちらの後悔を受け入れられるか。そして、その選択をどう自分の成長に繋げるかよ。」
柚月はその言葉にじっと耳を傾け、考え込んだ。先生はさらに続けた。
佐伯先生
「エーリヒは確かに素晴らしい指導者よ。彼のもとで学べば、きっと音楽の世界が広がるでしょう。でも、今の仲間と一緒に音楽を作る経験だって、何にも代えられない宝物になる。」
柚月の目に少し涙が浮かんだ。彼女は震える声で言った。
柚月
「どちらも捨てがたいんです…。私、二人と一緒に音楽を作りたい。でも、自分自身の可能性も試してみたい。」
佐伯先生は優しく彼女の肩に手を置いた。
佐伯先生
「大切なのは、自分が本当に信じられる音を追い求めること。その音がどちらの道にあるのかを、自分の心で見つけなさい。」
柚月は深く頷き、先生の言葉を胸に刻んだ。やがて、彼女は鍵盤に手を置き、「光の航路」の演奏を再び始めた。その音には、これまでの迷いが少しずつ薄れていくような力強さが宿っていた。
演奏を終えたとき、彼女はゆっくりと顔を上げ、佐伯先生を見つめながら静かに言った。
柚月
「先生、私、ドイツに行く決意をします。」
佐伯先生はその言葉に穏やかに微笑み、彼女の手をそっと握った。
佐伯先生
「そう。それがあなたの選んだ道なら、私は全力で応援するわ。」
柚月の中で、一つの道がはっきりと見えた瞬間だった。まだ不安はあったが、それ以上に、自分の音楽をさらに追求したいという強い思いが心を満たしていた。
柚月(心の声)
「迷宮を抜けた先にある新しい世界。それを見つけるために、この道を進もう。」
カット:夜のピアノ室の窓に映る満月。その下で、柚月は一人静かにピアノの上の案内書を閉じ、決意を胸に秘めた表情を見せる。
次回予告
柚月の決意を聞いたアキと翔。それぞれが複雑な感情を抱えながらも、彼女を送り出す準備を進める。三人で過ごす最後の日々が、彼らの音楽に新たな意味を与える――。
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