第35話 発表会当日
発表会当日の朝、柚月はいつもより早く目を覚ました。ピアノ室での練習とは違い、今日はホールという大きな舞台での初めての演奏となる。緊張と期待が胸の中で入り混じり、静かだった部屋の空気がどこか重たく感じられた。
柚月は鏡の前でゆっくりと深呼吸を繰り返した。胸元に触れたのは、母がくれた銀色の小物入れ。中に収められた家族の写真とメモが、彼女の心を少しだけ軽くした。
柚月(心の声)
「大丈夫。みんながいる。私の音を届けよう。」
ホールに到着すると、すでにアキと翔が楽器の準備を始めていた。ホールの空間は広く、その静けさがかえって三人を圧倒するようだった。ステージの中央にはピアノが置かれ、スポットライトの下で白く輝いている。
アキがチェロのケースを開けながら、少し冗談っぽく声をかける。
アキ
「緊張するね。でも、こんなに広い舞台で弾けるなんてワクワクしない?」
翔が弓を調整しながら答える。
翔
「ワクワクというより、失敗したらどうしようって気持ちのほうが大きいけどな。」
柚月は二人を見て笑いながら言った。
柚月
「でも、ここまで一緒に練習してきたんだから、大丈夫だよ。みんなの音を信じよう。」
本番前のリハーサルが始まった。ホールに響く三人の音は、ピアノ室での音とはまた違う広がりを持っていた。チェロの低音がホール全体に響き渡り、バイオリンの旋律がその中で輝くように舞う。ピアノはその二つを包み込むように流れていく。
演奏が終わると、ステージ袖にいた佐伯先生が拍手をしながら近づいてきた。
佐伯先生
「素晴らしいわ。三人とも、自分たちの音をしっかり出せていた。」
アキが少し照れくさそうに笑いながら答えた。
アキ
「先生、でもまだ本番じゃないですからね。今の音を出せるかどうか、正直不安です。」
佐伯先生は優しく微笑みながら三人を見つめた。
佐伯先生
「不安は当たり前。でも、それを乗り越えた先にしか見えない景色があるのよ。だから、自分たちを信じて。」
いよいよ本番の時間が近づいてきた。三人は控え室でそれぞれの楽器を手に取り、最後の調整をしていた。柚月はピアノの鍵盤に触れながら、小さく深呼吸をした。
柚月(心の声)
「迷宮の中で見つけた音。それをみんなに届けよう。」
アナウンスが流れ、いよいよ彼らの出番が来た。三人はステージ袖に立ち、深呼吸を繰り返す。アキが笑顔を向けながら言った。
アキ
「よし、行こう。私たちの音を世界に響かせるんだ。」
翔が弓を握りしめながら頷く。
翔
「迷宮の出口を見つけるんだな。」
三人はステージに歩み出た。客席には多くの観客が座り、彼らの一挙手一投足を見つめている。スポットライトが三人を照らし、ホール全体に静寂が訪れた。
柚月はピアノの前に座り、鍵盤にそっと手を置いた。隣ではアキと翔がそれぞれ楽器を構え、合図を待っている。
柚月が最初の音を鳴らすと、チェロがそれに続き、バイオリンが高音を紡ぎ出す。「星の迷宮」の旋律がホールに満ちていく。三人の音が絡み合いながら、それぞれの役割を果たしていく。
中盤に差し掛かると、緊張がピークに達する。複雑なフレーズが続くが、三人の音は一つにまとまり、迷いなく進んでいく。
観客の中には息を呑む者もいた。その音楽は、迷いと葛藤の中から見つけ出した「音の出口」を感じさせるものだった。
最後の音が鳴り響き、ホールにはしばしの静寂が訪れた。だが、その直後、観客席から大きな拍手が沸き起こった。三人は顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべながらステージ中央で頭を下げた。
柚月(心の声)
「私たちの音が届いた…。この迷宮を抜けた先に、こんな景色があったなんて。」
三人は舞台袖に戻ると、抱き合いながら喜びを分かち合った。
アキ
「やったね!最高だった!」
翔も笑いながら言った。
翔
「ああ。これ以上ない演奏ができたと思う。」
柚月は涙ぐみながら二人を見つめた。
柚月
「ありがとう。二人がいたから、ここまで来られた。」
そこに佐伯先生が現れ、三人を優しく抱きしめた。
佐伯先生
「みんな、本当に素晴らしかったわ。この経験を糧に、これからも音楽を続けていってね。」
カット:舞台袖から見えるホールの景色。観客たちが立ち上がり、拍手を送り続けている。その中で、三人の姿が輝いている。
次回予告
発表会を成功させた三人に、新たな挑戦が訪れる。音楽の道をさらに深く進むための決意と成長が描かれる――物語はまだ続く。
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