第24話 音の向こう側

朝の陽ざしがピアノ室に差し込む中、柚月は静かに鍵盤に手を置いていた。佐伯先生から渡された「風のソナタ」の楽譜が譜面台に立てられ、その複雑な音符の列が彼女に新たな挑戦を突きつけていた。


柚月(心の声)

「この曲には、私の知らない何かが詰まってる気がする。それを掴むために、もっと深く音楽と向き合わなきゃいけないんだ。」


彼女はゆっくりと最初の音を弾き始めた。低く響く左手の和音に右手の旋律が絡みつき、曲が動き出す。だが、数小節進むと、複雑なリズムの箇所で指が止まってしまう。


柚月(小声で)

「またつっかえた…。どうしてここがうまくいかないんだろう。」


ため息をつき、譜面台に顔を伏せる。そこへ、静かに扉を開ける音が聞こえた。


佐伯先生

「おはよう、柚月さん。」


振り返ると、佐伯先生が優しい笑みを浮かべて立っていた。柚月は恥ずかしそうに頭を下げる。


柚月

「先生、おはようございます。まだこの曲、全然弾けなくて…。」


先生は椅子を引き、柚月の隣に腰を下ろした。


佐伯先生

「焦らなくていいのよ。難しい部分ほど、じっくり向き合う時間が必要だから。」


柚月はその言葉に少しだけ気が楽になり、視線を楽譜に戻した。


柚月

「でも、この曲を弾いていると、自分の音がどこに向かっているのか分からなくなるんです。私の音楽って、本当にこれでいいのかな…。」


佐伯先生はその言葉に静かに頷き、目を閉じた。しばらくの沈黙の後、彼女はこう語り始めた。


佐伯先生

「私もね、この曲を初めて弾いたとき、同じことを思ったわ。この曲の中に隠された『答え』が見つからなくて、不安になったの。」


柚月は驚いた表情で先生を見つめた。


柚月

「先生も…?」


佐伯先生は微笑み、続けた。


佐伯先生

「でも、音楽に『答え』なんて本当はないのよ。ただ、自分がどんな音を出したいのか、それを探す旅が大事なの。この曲を弾くことで、自分の中にある音楽をもっと深く知ることができるはず。」


柚月はその言葉にハッとし、胸の奥に暖かいものが広がるのを感じた。


柚月(心の声)

「自分の音楽をもっと知る…。それがこの曲の意味なんだ。」


彼女は再び鍵盤に向き直り、先生の言葉を胸に刻むようにゆっくりと弾き始めた。つっかえる箇所も、これまでとは違う感覚で挑む。音に自分の気持ちを乗せることを意識し始めると、不思議と指が動きやすくなる気がした。


佐伯先生はその姿を静かに見守りながら言った。


佐伯先生

「いい音になってきたわ。その音を大事に育てていきましょうね。」


柚月は小さく頷き、最後まで弾き切ると深呼吸をした。息が詰まるような感覚が少しだけ和らぎ、彼女の中に小さな自信が芽生えた。


その日の午後、休憩を兼ねてピアノ室の外に出た柚月は、庭のベンチに座って譜面を眺めていた。風が静かに吹き抜け、秋の木々がさわさわと音を立てる。その中で、ふと誰かが声をかけてきた。


「柚月、また練習してたのか?」


彼は庭の片隅で練習用のバイオリンケースを肩に掛けていた。柚月は微笑みながら頷く。


柚月

「まだ全然うまく弾けないけど、少しずつ掴めてきた気がするの。」


翔は隣に腰を下ろし、空を見上げながら言った。


「俺たちの音楽って、きっと終わりがないんだと思う。でも、それでいいんじゃないかな。少しずつ進んで、少しずつ変わっていけば。」


その言葉に、柚月はふと肩の力が抜けるのを感じた。彼女は譜面を閉じ、空に向かって微笑んだ。


柚月(心の声)

「少しずつ進む…。そうだ、それでいいんだ。」


庭に吹く風の中で、彼女の心にはまた新たな目標が生まれつつあった。


カット:青空をバックに庭で語り合う柚月と翔の姿。その先には、新しい挑戦への道が続いている。


次回、柚月が「風のソナタ」にさらに深く向き合い、自分の音楽に確信を得る瞬間が描かれる。音楽の旅路が、彼女をさらに遠くへと導いていく。

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