第25話 音に向き合う夜
その日の夜、柚月は自分の部屋でピアノに向かっていた。窓の外には月が浮かび、静かな夜の空気が部屋を満たしている。レッスンを終えた後も、「風のソナタ」の楽譜を開き、何度も指を動かしては音を確認する作業を続けていた。
柚月(心の声)
「この曲には、もっと深い何かがある気がする。でも、まだそれを掴みきれていない…。もっと、自分の音を感じないと。」
彼女はゆっくりと鍵盤に指を置き、最初の小節から弾き始める。低い音から高音へと流れる旋律。左手がリズムを刻み、右手がその上に歌うような音を乗せていく。
しかし、途中で指が止まる。どうしても次の音が繋がらない。彼女は手を離し、肩を落とした。
柚月(ため息交じりに)
「やっぱり難しい…。」
その時、机の上に置かれた母の銀色の小物入れが目に入った。彼女はそれを手に取り、そっと蓋を開けてみた。中には、小さな家族写真と、折りたたまれたメモが入っている。メモには、母の字でこう書かれていた。
「焦らないで、自分のペースで進みなさい。どんなに遠くに行っても、あなたの音はここにある。」
柚月はその言葉をじっと見つめ、深く息を吸い込んだ。母の言葉が心に響き、彼女の中でまた少しずつ気持ちが落ち着いていく。
柚月(心の声)
「焦らなくていい…。私の音楽を信じればいいんだ。」
彼女は再びピアノに向かい、最初の小節からもう一度弾き始めた。指が鍵盤に触れるたびに、音が少しずつ変化していく。つっかえていた部分も、何度か試すうちに、滑らかに流れるようになった。
夜の静寂の中で、ピアノの音だけが部屋を満たしていく。柚月は気づけば夢中になって弾いていた。曲の終わりに近づくにつれ、自分の音が心の中にしっかりと響いているのを感じた。
柚月(心の声)
「私の音が、こんな風に響くなんて…。この音をもっと育てたい。」
最後の一音を弾き終えた瞬間、彼女は目を閉じて静かに深呼吸をした。その音が静まり返った部屋に残り、彼女の心に小さな達成感をもたらした。
その時、不意にノックの音がした。振り返ると、扉の向こうに立っていたのは佐伯先生だった。
佐伯先生
「遅くまで練習していたのね。」
柚月は少し驚きながらも、椅子を回して頭を下げた。
柚月
「はい…もう少しで、この曲の形が掴めそうな気がして。」
先生は部屋に入り、ピアノの横に立つと優しく微笑んだ。
佐伯先生
「その熱意があるから、あなたの音楽はどんどん育っていくのよ。」
先生は椅子を引き寄せ、柚月の横に座った。そして楽譜を指しながら言った。
佐伯先生
「この部分、あなたの音にはもう少し自由さが必要ね。力を抜いて、自分の気持ちをそのまま音に乗せてみましょう。」
柚月は先生の言葉に頷き、もう一度その部分を弾き始めた。先生がそばで小さな助言をするたびに、音が少しずつ変わり、曲に新たな表情が生まれていく。
最後まで弾き終えたとき、先生は満足そうに頷き、静かに拍手をした。
佐伯先生
「素晴らしいわ、柚月さん。あなたの音が、この曲を自分のものにし始めているのを感じる。」
その言葉に、柚月の目に少し涙が浮かんだ。
柚月(心の声)
「私の音…。ようやく自分らしい音が見えてきた気がする。」
先生は立ち上がり、部屋を出る前にこう言葉を添えた。
佐伯先生
「焦らず、自分のペースで進んでいきなさい。音楽の旅はまだ始まったばかりなんだから。」
柚月はその言葉に深く頷き、再び楽譜に目を向けた。
カット:月明かりが窓から差し込むピアノ室で、楽譜を見つめながら新たな決意を胸にする柚月の姿。鍵盤に置かれた彼女の指が、次の一音を紡ごうとしている。
次回、柚月が「風のソナタ」を通じて得た自信を、仲間たちとのセッションで試す姿が描かれる。彼女の音楽はさらに深まり、新たなステージへと向かう。
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