第26話 響き合う瞬間
翌日の午後、柚月はアンサンブルの練習のために教室に向かっていた。ピアノを弾き始めてから数年が経ち、これほど自分の音に対して真剣に向き合った日はなかった。歩く足取りには、少しの緊張と、新しい挑戦への期待が混じっていた。
教室の扉を開けると、すでにアキと翔が準備を始めていた。アキはチェロの弓を調整し、翔はバイオリンの弦の張り具合を確認している。二人の動きには迷いがなく、まるで楽器と会話しているようだった。
柚月は少し気後れしながらピアノの椅子に座ると、楽譜を開き、指を鍵盤の上に置いた。心の中で深呼吸をしながら、自分に言い聞かせる。
柚月(心の声)
「大丈夫。昨日の夜、自分の音がどんなものか少し掴めた。今日はその音をみんなに届けるんだ。」
アキが立ち上がり、弓を持ちながら笑顔で言った。
アキ
「さて、準備はいい?今日は本番みたいに通してみようって先生から言われてるから、気合い入れていこう!」
翔も頷きながら、軽く音を鳴らして確認する。
翔
「焦らずにいこう。俺たちならきっといい音が出せる。」
柚月は二人の言葉に背中を押されるように頷いた。そして、ピアノの最初の音をゆっくりと響かせた。
曲は穏やかな序奏から始まった。チェロの低く深い音がピアノの旋律を支え、バイオリンの高音がその上を滑るように絡み合う。三つの音が一つになり、部屋全体に響き渡る。
だが、途中で一瞬、バイオリンとチェロのリズムがわずかにずれるのを感じた。柚月は慌てそうになる気持ちを抑え、指に意識を集中させた。
柚月(心の声)
「私が崩れたら全体が壊れる。私の音がここを支えなきゃ。」
彼女は鍵盤を弾く手に少しだけ力を込め、リズムを取り戻すように音を強く響かせた。その瞬間、アキと翔も呼吸を合わせ直し、再び音楽が流れ始める。
曲が進むにつれ、三人の音は次第に溶け合い、互いに支え合うような調和を生み出していった。柚月のピアノは穏やかな波のように流れ、アキのチェロはその波に重厚さを与え、翔のバイオリンは空を飛ぶような軽やかさで旋律を引き立てる。
最後の部分に差し掛かると、曲は一気に盛り上がりを見せる。ピアノが力強くリズムを刻み、チェロがそれに応えるように深い音を重ねる。そして、バイオリンが一気に音楽を引き上げ、三つの音が頂点に達した瞬間、すべての音が止まった。
部屋には静寂が訪れた。だが、その静けさの中には、さっきまで奏でられていた音楽の余韻が確かに残っていた。
アキが弓を下ろし、感嘆したように息を吐いた。
アキ
「…すごい。今の、めっちゃよかったよね!」
翔も軽く笑いながら、バイオリンをケースに戻した。
翔
「ああ、最後まで集中できた気がする。何より、柚月のピアノがすごくしっかりしてた。」
柚月は驚いて二人を見た。
柚月
「私のピアノが…?」
翔は頷き、言葉を続けた。
翔
「そう。いつもより音が力強くて、俺たちをちゃんと引っ張ってくれてた。だから安心して弾けたよ。」
アキも同意するように笑顔を見せた。
アキ
「そうそう。柚月が引っ張ってくれたおかげで、私も自分の音をもっと出せた気がする。」
柚月はその言葉に目を輝かせた。自分の音が誰かに届いたという実感が、胸の中で静かに広がっていく。
柚月(心の声)
「私の音が、ちゃんと役に立てたんだ…。みんなの中で、私の音が響いたんだ。」
彼女はゆっくりと深呼吸をし、微笑んだ。
柚月
「ありがとう。二人のおかげで、私ももっと自分の音を信じられる気がする。」
その瞬間、佐伯先生が部屋に入ってきた。彼女は三人の顔を見渡し、満足そうに頷いた。
佐伯先生
「みんな、とてもいい演奏だったわ。お互いの音をしっかり聴きながら弾いていたのが分かった。これからも、この調子で一緒に成長していきましょう。」
三人は声を揃えて「はい」と答えた。その中で、柚月の声はこれまで以上に力強かった。
カット:夕暮れに染まる教室の窓越しに見える三人の姿。それぞれの音が響き合い、新たな挑戦への扉を開きつつある。
次回、柚月はアンサンブルの演奏を通じて、新たな課題に直面する。自分の音楽を深めながら、仲間たちとの絆がさらに強まる姿が描かれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます