第33話 迷宮の最終章
午後の柔らかな光がピアノ室に差し込む中、柚月、アキ、翔の三人は「星の迷宮」の最終部分に取り組んでいた。これまでの練習で、三人の音は確実に一つに近づきつつあった。しかし、最終章に差し掛かると、それは彼らにとってさらなる試練を突きつけるものだった。
柚月(心の声)
「この最終部分…音が絡み合いすぎて、私たちのどの音が主役なのか分からない。」
楽譜には、ピアノ、チェロ、バイオリンの旋律が複雑に交差していた。それぞれの楽器が別々の役割を果たしながらも、一つの調和を目指している。しかし、その調和がどこで完成するのかが、まだ三人には掴めていなかった。
アキ(困った表情で)
「ここ、チェロが主役っぽいけど、なんかピアノとバイオリンに押されてる気がするんだよね。」
翔が楽譜を見ながら首をかしげる。
翔
「確かに。でも、ここでチェロが引っ込みすぎると全体がバラバラになる。もっと前に出してもいいんじゃないか?」
柚月は二人のやり取りを聞きながら、静かに鍵盤に手を置いた。そして小さな声で提案した。
柚月
「じゃあ、試しに私がピアノをもっと控えめにしてみるよ。その分、チェロを引き立てられるかもしれない。」
アキはその言葉に少し驚いたが、すぐに頷いた。
アキ
「分かった。じゃあ、ちょっと強めに弾いてみるね。」
三人は再び楽器を構え、最終章を通して演奏し始めた。チェロが深く力強い音を響かせ、ピアノがその音をそっと支える。バイオリンは高音で物語を導くように旋律を紡ぎ出す。音が絡み合いながらも、一つの調和が徐々に形を取り始めた。
しかし、曲のクライマックスに差し掛かると、再び音が崩れた。チェロが少し強すぎてバイオリンが埋もれ、ピアノがタイミングを失ってしまった。
アキ(ため息をついて)
「ダメだ…。力を入れすぎた。」
翔が苦笑しながらアキの肩を軽く叩いた。
翔
「でも、さっきより良くなってるよ。音がぶつかってるけど、それが逆に面白い。」
柚月も小さく頷きながら言った。
柚月
「そうだね。この部分、ぶつかる音があってもいいんじゃないかな。それがこの曲の『迷宮』らしさなのかも。」
三人は顔を見合わせながら、少しずつ笑みを浮かべた。迷宮の出口を探すのではなく、迷宮そのものを楽しむことが、この曲の本質なのかもしれないと感じ始めていた。
そのとき、扉の外から佐伯先生の声が聞こえた。
佐伯先生
「みんな、今の音、とても良かったわ。」
三人が振り返ると、先生が静かに部屋に入ってきた。彼女は椅子を引いて座り、三人を見つめながら続けた。
佐伯先生
「『星の迷宮』は、完全な調和を目指す曲ではないの。それぞれの音が自分らしさを保ちながら、他の音と絡み合っていく。その過程こそが、この曲の魅力なのよ。」
柚月はその言葉にハッとし、手元の楽譜を見つめた。
柚月(心の声)
「完全な調和じゃなくて、それぞれの音が自分らしく響くこと…。それがこの曲の意味なんだ。」
佐伯先生はさらに言葉を続けた。
佐伯先生
「だから、迷いながらも進んでいく音こそが美しいの。それを忘れないで。」
三人は深く頷き、再び楽器を構えた。そして、曲の最終章をもう一度演奏し始めた。チェロの音は自信を持ち、ピアノがそれを支え、バイオリンがその上を自由に舞うように響く。それぞれの音がぶつかり合いながらも、一つの物語を紡いでいた。
演奏が終わると、部屋にはしばらくの静寂が訪れた。佐伯先生は満足そうに微笑みながら拍手を送った。
佐伯先生
「素晴らしいわ。それがあなたたちの『星の迷宮』よ。」
三人は顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべた。それぞれの音が迷宮の中で出会い、出口を見つけた瞬間だった。
柚月(心の声)
「迷宮の中で、私たちは自分たちの音を見つけた。これが私たちの音楽なんだ。」
カット:ピアノ室の窓越しに見える三人の姿と、夕暮れに染まる空。彼らの音楽は、これからさらなる未来へと続いていく。
次回予告
ついに「星の迷宮」の完成を迎えた三人。次は発表会という新たな舞台に挑む――音楽の旅路がさらに広がる。
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