第16話 音楽が生む波紋
発表会の翌朝。柚月は布団の中で目を覚まし、しばらく天井を見つめていた。昨日の出来事が胸の中で反響している。拍手の音、母の笑顔、そして田辺先生の「自分を信じなさい」という言葉。それらがまるで波のように重なり合い、静かに心を満たしていた。
枕元に置いた譜面を手に取り、そっと目を閉じる。昨夜、控室で田辺先生に渡されたメモにはこう書かれていた。
「君の音楽はここから始まる」
柚月はメモを胸に抱きしめ、ふわりと微笑む。「ここから」という言葉が、未来への扉を開けるように感じられた。
朝の光が差し込む台所では、母・直子がいつも通り朝食を準備していた。味噌汁の香りが漂い、湯気が鍋から立ち上る。柚月が台所に顔を出すと、直子は振り返りもせずに言った。
直子
「早く座りなさい。朝ご飯、冷めちゃうよ。」
柚月は椅子に腰を下ろし、湯気の立つ味噌汁を見つめる。昨日の舞台での緊張感がまだ体に残っているのか、箸を持つ手が少し震えた。
柚月
「お母さん、昨日ありがとう。来てくれて本当にうれしかった。」
直子は箸を動かしながら、静かに返事をした。
直子
「当たり前でしょ。あんたが頑張ったんだから、ちゃんと見届けないとね。」
その言葉に込められた小さな温もりを感じて、柚月は自然と微笑んだ。だが、直子の声にはまだどこか硬さがあった。
食事を終えたころ、玄関から勢いよくドアを叩く音が響いた。
来客の声
「おはようございます!宮本さん、おられますか?」
直子がドアを開けると、そこには市場の知人である坂本が立っていた。彼女は笑顔で、何かを包んだ袋を抱えている。
坂本
「昨日、発表会行かせてもらったの。柚月ちゃん、本当に素敵な演奏だったわ!」
直子は驚いたように目を丸くし、少し笑って返事をする。
直子
「あら、あんたも来てたの?」
坂本
「そりゃあ、噂になってたもの。宮本さんの娘さんが発表会に出るってね。」
彼女は手に持っていた袋を直子に差し出す。
坂本
「これ、ちょっとしたお祝いよ。昨日の感動のお礼にね。」
袋の中には新鮮な魚やお菓子が詰まっていた。直子は袋を受け取りながら、どこか困惑したように笑みを浮かべた。
直子
「そんな、大げさなことじゃないわよ。」
坂本
「そんなことないわ。あんなに素晴らしい演奏ができるなんて、本当にすごいことよ。もっと自慢していいんじゃない?」
坂本の言葉に、直子は答えられないまま視線を落とした。その姿を、台所から覗いていた柚月はじっと見つめる。母の背中が、少しだけ柔らかく見えた。
その後、柚月が町を歩くと、発表会に来ていた人々が声をかけてきた。
町の人A
「柚月ちゃん、昨日の演奏素晴らしかったね!あんな才能があるなんて驚いたよ。」
町の人B
「宮本さんも誇らしいだろうね。これからが楽しみだよ。」
柚月は一つ一つの言葉に頭を下げながら、心の中で静かに喜びを噛み締めた。自分の音楽が町の人々に届いたという実感が、彼女に新たな自信を与えていた。
夕方、母と一緒に家に帰る途中、直子はふと足を止め、港の方を見つめた。風が吹き抜け、波が静かに岸辺を叩く音が聞こえる。
直子(静かに)
「あんたの音楽、ちゃんと届いてたんだね。」
柚月は驚きながら母の横顔を見る。その顔には、これまで見たことのない穏やかな表情が浮かんでいた。
柚月
「お母さん…。」
直子は小さく微笑み、前を向き直った。
直子
「これからも続けなさい。自分が信じる道を、お母さんも信じるから。」
その言葉に、柚月の目に涙が浮かぶ。それを堪えながら、彼女は強く頷いた。
家に帰ると、柚月はピアノに向かい、鍵盤にそっと手を置いた。今日出会った言葉や視線が、彼女の胸を満たしている。
柚月(心の声)
「私の音楽はここから広がっていく。もっと遠くへ、もっとたくさんの人に届けたい。」
最初の音がピアノから流れ出す。それは昨日よりも力強く、未来への希望を感じさせる音だった。
カット:夕焼けに染まる港町と、公民館の中でピアノを弾く柚月の横顔。その音楽が、未来へ続く新たな物語を紡ぎ始める。
次回、柚月の音楽が新たな挑戦を引き寄せ、家族や町の人々とのつながりがさらに深まる姿が描かれる。
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