第2話 音楽への一歩

朝の放課後。柚月は、昨日の夜に決意した通り、公民館へと向かう。小さなリュックには、昨日ノートに描いた自分のメロディーと筆記用具が入っている。公民館に到着すると、静かな空間にピアノの鍵盤が光を反射しているのが見えた。


柚月は少し緊張しながら、そっとピアノの前に座る。鍵盤に触れると、その冷たさと重みが心を落ち着かせる。昨日考えたメロディーを思い出しながら、ゆっくりと鍵盤を押してみる。ぎこちない音が響き、柚月は自分の未熟さに少し恥ずかしさを感じる。


柚月(心の声)

「どうすれば、昨日みたいにきれいな音が出せるんだろう…。」


そんな彼女の背後から、静かに近づく足音が聞こえる。


田辺

「おはよう、柚月さん。今日は来てくれると思ってたよ。」


驚いて振り向いた柚月は、田辺先生の優しい笑顔に少し緊張をほぐされる。


柚月(控えめに)

「おはようございます…。昨日のこと、やっぱりもう少し頑張ってみたいと思って…。」


田辺は彼女の言葉に満足げにうなずき、ピアノの隣に腰を下ろす。


田辺

「その気持ちが大事なんだ。じゃあ、昨日のメロディーを聞かせてくれる?どんな形でもいいから、今の君ができる音を聴きたい。」


柚月は緊張しながらも、ノートを開いて鍵盤に手を置く。ゆっくりとぎこちなく鍵盤を弾き始めるが、途中で音を間違え、手を止めてしまう。


柚月(落ち込んだ様子で)

「だめです…。思ったように弾けなくて…。」


田辺は優しく微笑み、彼女の手を支えるようにしながら言う。


田辺

「最初はみんなそうだよ。音楽は、間違えることを恐れずに続けることが大切なんだ。今の音も君の一部なんだから、気にしなくていい。」


その言葉に励まされた柚月は、もう一度ノートを見つめ、今度は少しだけ自信を持って弾き始める。田辺は彼女の演奏を真剣に聴きながら、時折アドバイスを挟む。


田辺

「そのメロディー、とても素敵だ。でも、ここの部分をもう少しゆっくり弾いてみようか。音がもっと広がるよ。」


柚月はそのアドバイスを受けながら弾き直し、自分の音が変わっていくのを感じる。少しずつ、昨日の頭の中のメロディーが形になり始めた。


柚月(嬉しそうに)

「あっ、なんか違う!もっときれいな音になった気がします!」


田辺は満足げにうなずきながら言う。


田辺

「そうだよ。君にはちゃんと音楽を感じる力がある。その力を伸ばしていこう。これから少しずつ練習を重ねて、君の音楽を完成させてみようか。」


柚月は初めて自分の音楽が形になった喜びを噛みしめながら、小さくうなずいた。


カット:ピアノを弾く柚月の指先のアップ、そして彼女の表情が徐々に明るくなっていく様子が描かれる。窓の外には朝の光が差し込み、静かな公民館に彼女のメロディーが響き渡る。


昼休みの学校。教室の中では、クラスメイトたちが机を寄せ合い、おしゃべりや遊びに興じている。しかし、柚月は一人窓際の席で外を眺めながら、ノートに何かを書き込んでいる。朝、公民館で練習したメロディーを忘れないように音符に起こしているのだ。


そんな彼女の様子に気づいたクラスメイトたちが、少し距離を取った場所で小声で話し始める。


クラスメイトA

「また何か書いてる。あれピアノの練習でしょ?」


クラスメイトB

「家もそんなに裕福じゃないのに、なんであんなことしてるんだろうね。」


クラスメイトC

「ちょっと変わってるよね。私だったら恥ずかしくてできない。」


柚月は彼らの会話を聞いていないふりをするが、耳にははっきりと聞こえている。ペンを持つ手が一瞬止まり、彼女の表情が曇る。


そこへ、クラスの中心的な存在の女子・美咲(みさき)が柚月に話しかける。


美咲

「ねえ、宮本さん。放課後、私たちと一緒に遊びに行かない?この前みんなで鬼ごっこしたんだけど、楽しかったよ。」


柚月は少し驚いたように顔を上げるが、すぐに申し訳なさそうに答える。


柚月

「ごめんね、放課後は用事があるの。」


美咲

「用事って、公民館でピアノ弾くこと?」


美咲の声が少し大きくなり、周囲のクラスメイトたちも一斉に柚月の方を見る。


クラスメイトB

「やっぱりそうなんだ。なんでそんなことしてるの?」


柚月は戸惑いながら、うつむいて言葉を探す。


柚月

「…私、ピアノが好きだから。」


その言葉に、美咲は少し笑いながら首を傾げる。


美咲

「でもさ、それで何か変わるの?ピアノが弾けても、別に学校の成績が上がるわけじゃないし。」


周囲の子どもたちがクスクスと笑う声が広がる。柚月は反論したい気持ちを抑え、黙ってノートを閉じる。


その様子を遠くから見ていた担任の村田先生(音楽教師)は、少し心配そうな顔をしながらも何も言わずにその場を去る。


カット:昼休みが終わり、授業の準備を始めるクラスメイトたち。柚月は窓の外を見ながら、心の中でつぶやく。


柚月(心の声)

「私は変わってるのかな…。でも、ピアノを弾いてるときだけは、私らしくいられる気がする。」


窓の外に広がる青空をじっと見つめる柚月。その表情には少しの不安と、それを振り払うかのような決意が見える。


放課後、公民館のピアノ室。柚月はいつものようにピアノの前に座り、田辺先生の指導を受けながら練習している。鍵盤を一音ずつ確認しながら慎重に弾いているが、まだぎこちなさが残る。


柚月

「先生、なんだかリズムが合わなくて…。自分の頭の中の音と違う感じがするんです。」


田辺先生は少し考えた後、柚月の隣に腰を下ろし、自らピアノを弾いてみせる。


田辺

「ここは、こういう風にリズムを少しだけ変えてみるといいかもしれない。頭で考えるより、体で感じてみよう。」


柚月はその演奏に耳を傾け、驚いたような表情を浮かべる。


柚月

「あ、今の音、すごくきれい…。私もこういう風に弾けるようになりたいです!」


田辺は微笑みながら言う。


田辺

「その気持ちがあれば、きっと上手くなるよ。でも、もっと練習する時間が必要だね。学校が終わった後、ここで少しずつ続けられるようにしたいけど、どうかな?」


柚月はうれしそうにうなずくが、すぐに表情を曇らせる。


柚月

「でも…お母さんがどう思うか分からないんです。家のことも手伝わないといけないし、ピアノばかりやってたら怒られるかもしれません。」


田辺は少し真剣な表情になり、柚月の目を見つめて話す。


田辺

「お母さんの気持ちは分かるよ。だけど、君の才能を伸ばすことはきっと家族にとっても大事なことだと思う。君が夢中になれるものを見つけることは、未来の可能性を広げることだから。」


柚月はその言葉を聞き、少し考え込むような表情をする。


田辺

「じゃあ、僕が直接お母さんに話してみるよ。一緒に説得してみよう。」


柚月(驚きつつも期待を込めて)

「先生が…お母さんに?」


田辺はうなずき、にっこり笑う。


田辺

「もちろん。柚月さんの未来のために、僕ができることは何でもするよ。それに、きっとお母さんも君の気持ちを知れば分かってくれる。」


柚月はその言葉に安心したように微笑み、再び鍵盤に向き直る。


カット:夕暮れの公民館。窓から差し込む夕日がピアノの上を照らす中、柚月の演奏が少しずつ形になり始める。田辺はそんな彼女の姿を温かく見守っている。


その夜、田辺先生と柚月は宮本家を訪れ、台所で夕飯の片付けをしている直子に声をかける。直子は驚いた様子で二人を見つめる。


直子

「田辺先生?こんな時間にどうしたんですか?」


田辺は丁寧に頭を下げ、静かな声で話し始める。


田辺

「お忙しいところ申し訳ありません。今日は柚月さんのことでお話をさせていただきたくて伺いました。」


直子は一瞬表情を硬くし、柚月に目を向ける。


直子

「柚月が何か問題でも起こしましたか?」


田辺

「いえ、そうではありません。むしろその逆で、柚月さんには素晴らしい才能があります。それをもっと伸ばすために、公民館でピアノの練習を続けさせていただけないかと思いまして。」


直子は驚いた表情から徐々に厳しい顔つきに変わる。


直子

「先生、それはありがたいお話ですが、うちはそんな余裕がないんです。柚月も家の手伝いをしなきゃならないし、音楽なんて娯楽に時間を割くわけにはいきません。」


柚月は不安そうに直子を見つめるが、田辺は落ち着いた表情で続ける。


田辺

「お気持ちはよく分かります。ですが、柚月さんには音楽に対する特別な感性があります。それを見過ごしてしまうのは、彼女にとっても、この町にとっても大きな損失だと思うんです。」


直子(ため息をつきながら)

「町にとって?先生、それは大げさじゃありませんか?音楽なんて、ご飯の足しにはならないんです。」


柚月は勇気を振り絞って口を開く。


柚月

「お母さん…私、ピアノが好きなんです。もっと上手になりたい。それだけじゃなくて、自分の音楽で誰かを幸せにできるようになりたいの。」


直子はその言葉に一瞬戸惑いの表情を浮かべるが、現実的な問題が頭をよぎる。


直子

「それは立派なことだと思う。でもね、柚月。音楽をやったところで、将来どうなるか分からない。そんな不確かなことに時間を割く余裕は、今のうちにはないのよ。」


田辺は少し沈黙した後、真剣な目で直子を見つめる。


田辺

「確かに、音楽が直接家計を助けるわけではないかもしれません。でも、柚月さんが好きなことに取り組むことで、彼女の人生は豊かになります。その経験は、きっと彼女が将来どんな道を選ぶにしても役立つはずです。」


直子は少し揺れるような表情を見せるが、はっきりとした答えは出さない。柚月も何かを言いかけるが、言葉が詰まる。


カット:そのまま時間が過ぎ、田辺先生が帰り際に柚月の肩に手を置き、優しく声をかける。


田辺

「焦らずにいこう。お母さんもきっと分かってくれる。」


柚月は小さくうなずきながら、母の背中を見つめる。直子は台所で水を流しながら、どこか遠くを見るような目をしている。


夜、家が静まり返った後、直子は一人で台所に座り、家計簿を広げている。表情は疲れていて、眉間には深いシワが刻まれている。家計簿の数字を見つめる直子の手は、ペンを握りしめて動かない。


直子(心の声)

「お父さんがいなくなってから、この家を守るために必死で働いてきた。翔の学校の費用だってギリギリなのに…音楽なんて贅沢なことに時間を割いて、本当にこの子のためになるの?」


窓の外から、波の音が静かに響いてくる。その音を聞きながら、直子はふと幼い頃の柚月の姿を思い出す。


直子(回想シーン)

柚月がまだ5歳の頃、家にあった壊れたラジオの音楽を真似して鼻歌を歌っていた。音程が正確で、驚いた直子が「どうしてそんなに上手に歌えるの?」と聞くと、柚月は「風が教えてくれるの」と笑った。


直子(心の声)

「あの子は昔から普通の子とは少し違ってた。だからって、才能なんて言葉に期待していいのか…。」


直子はため息をつき、顔を両手で覆う。


直子(つぶやくように)

「どうすればいいの、柚月…。母さんには分からないよ。」


波の音が続く中、直子の迷う姿が描かれる。


次回予告


ナレーション(田辺先生の声)

「夢を追うことの難しさ。現実と理想の狭間で揺れる家族の思い。だが、小さな一歩が新たな可能性を切り開くこともある。」


映像予告:

•直子が町の知人と相談している様子。

•柚月が学校でクラスメイトから冷たい視線を受ける場面。

•公民館で田辺先生と笑顔でピアノを弾く柚月。

•翔が柚月に「姉ちゃん、なんでそんなにピアノ好きなの?」と尋ねる場面。


タイトル表示

「次回:新しい扉」

「才能が試されるとき、家族の絆が試される。」


読者メッセージ


「夢を追いかける子どもと、それを支える家族――。現実とのギャップに戸惑いながらも、柚月は一歩を踏み出しました。音楽への情熱は、彼女にどんな未来をもたらすのか。そして、母・直子の心はどう動くのか。次回『Gifted』、お楽しみに!」





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