【毎日更新】朝の連続小説「Gifted」

湊 マチ

第1話 波の音が聞こえる

昭和40年代後半。九州の小さな漁村。

朝焼けが広がる空の下、漁港では漁師たちが忙しなく出港の準備をしている。波が穏やかに岸を叩き、カモメの鳴き声が響く静かな早朝の風景。


宮本柚月(みやもと・ゆづき)、9歳。

彼女は自宅の縁側に座り、目を閉じて波の音をじっと聞いている。彼女の耳には、ただの波音ではなく、まるで楽器のように規則的なリズムが聞こえていた。


柚月(つぶやくように)

「ザザーン、ザザーン…低い音が海で、高い音は風の声みたい…。」


柚月はリズムを取りながら口ずさむ。まるで自然と一体となるように、彼女の体は微かに揺れている。


すると、その姿を見つけた母・宮本直子(なおこ、40代)が、大きな声で柚月を呼ぶ。エプロン姿で、台所から大鍋を持ちながら急いで出てくる。


直子

「柚月!またそんなところでぼんやりして!朝ご飯の準備を手伝いなさい!」


柚月はハッと我に返り、慌てて立ち上がる。


柚月

「ごめん、今行く!」


縁側から家の中に駆け込む柚月を見ながら、直子は小さくため息をつく。


直子(独り言のように)

「まったく、こんなに忙しいのに、いつもどこかぼんやりして…父さんが生きてたら、もっとしっかりさせてくれるんだろうに。」


その言葉は柚月には聞こえず、家の中でバタバタと食器を運ぶ音が響く。朝の忙しい時間が、いつもと変わらず始まる。


画面は再び港に戻り、出港する漁船のエンジン音と波音が重なり合う。遠くの海に光が反射し、きらめく風景が広がる。


家の中は朝の活気でいっぱい。木造の小さな台所では、母・直子が鍋で味噌汁を温め、柚月はお椀を並べている。弟・翔(しょう、小学1年生)はまだ眠そうな顔でテーブルに突っ伏している。


直子

「翔、起きなさい!いつまで寝ぼけてるの?ご飯冷めちゃうよ。」


翔は眠そうに顔を上げながら、柚月の方を見る。


「ねえ姉ちゃん、さっき外で何してたの?」


柚月(慌てて)

「何でもないよ。ただちょっと風の音聞いてただけ。」


翔(不思議そうに)

「風の音なんか聞いて何になるの?」


直子(半分呆れて)

「ほら、そういうことばっかり考えてるから、他の子たちみたいにしっかりできないのよ。」


直子はそう言いながらテーブルに味噌汁を並べる。柚月は少しむっとした顔をしながらも、黙って手伝いを続ける。


家族全員が座り、朝ご飯を食べ始める。直子は一口食べると、急に目を細めて考え込むような表情を見せる。


直子(独り言のように)

「この先、もっと漁が厳しくなるって漁師組合で言ってたわね…。どうやってやりくりしようか…。」


柚月はその言葉を聞き、少し暗い気持ちになる。母の苦労は小さな柚月にもよく分かっていた。


柚月(心の声)

「私は何をすればお母さんを助けられるんだろう。でも、ピアノの音や波の音を聞くと、どうしても他のことを忘れてしまう。」


翔(無邪気に)

「姉ちゃん、学校でまた歌うの?この前のお歌、先生が褒めてたよね。」


直子(ふと苦笑いして)

「まあ、歌なんかで褒められても、ご飯の足しにはならないけどね。」


柚月は何も言わずに箸を動かしながら、翔の言葉にほんの少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。そして、ふと心の中で何か決意したように顔を上げる。


カット:食卓の風景から、学校の風景へとつながる。


小学校の教室。朝の挨拶を終えた後、音楽の授業が始まる。音楽教師は地元出身の中年女性・村田先生(50代)。教室の片隅には古びたオルガンが置かれている。


村田先生が教壇に立ち、クラス全員に課題を出す。


村田先生

「今日はみんなに簡単なメロディーを作ってもらいます。歌でもいいし、机を叩くリズムでもいいから、自分の好きな音楽を考えてみてくださいね。」


教室がざわめく中、柚月は窓の外をぼんやり見つめている。風が木々を揺らし、鳥がさえずる音を聞きながら、頭の中で自然にメロディーを組み立て始める。


クラスメイトA(小声で)

「柚月って、音楽の時間だけ真面目になるよね。」


クラスメイトB(冷やかすように)

「いつも変なことばっかり考えてるからでしょ。」


柚月はそれを聞いて一瞬振り返るが、すぐに自分の世界に戻る。


村田先生が一人ひとりにメロディーを発表させる順番が回ってくる。柚月の番になると、クラスが静まり返る。


村田先生

「じゃあ、宮本さん。どんなメロディーを作ってくれたのかしら?」


柚月は一瞬ためらうが、立ち上がって教室のオルガンの前に行く。そして、目を閉じて深呼吸し、即興で弾き始める。波の音や風の音をイメージした、柔らかく美しい旋律が流れる。


教室全体が静まり返り、クラスメイトたちは驚いた表情で聴き入る。演奏が終わると、一瞬の沈黙の後、ぽつぽつと拍手が起こる。


村田先生(驚いた様子で)

「宮本さん…この曲、どこで覚えたの?」


柚月(小さな声で)

「自分で作りました…。」


村田先生は目を見開きながら、感心したようにうなずく。


村田先生

「とても素敵なメロディーね。でも、次からは少し簡単にしてみるといいわ。他のみんなにも分かりやすくね。」


柚月は少し嬉しそうに席に戻るが、クラスメイトたちの視線はどこか遠巻きで冷たい。


クラスメイトA(小声で)

「やっぱり変わってるよね。」


クラスメイトB(あきれたように)

「先生にいい顔してるだけじゃない?」


柚月はそれを聞いて少し肩をすぼめるが、心の中では、自分の音楽を誰かに聞いてもらえたことに小さな喜びを感じていた。


カット:教室の窓から見える青空が映る。


放課後、静まり返った学校の外。柚月は家に帰る途中、町の公民館の前を通る。中から微かに聞こえるピアノの音色に足を止める。古びた公民館には、数年前に寄贈されたまま使われていないピアノが置かれているのを柚月は知っていた。


柚月は何かに引き寄せられるように中に入り、ピアノの前に座る。鍵盤に触れると、音が響く。彼女は周りを気にしながらも、即興でメロディーを弾き始める。


ピアノから流れる音は、波の音や風の音を感じさせる柔らかな旋律。柚月は夢中になって弾き続ける。彼女の表情はどこか輝いている。


その時、不意に後ろから拍手の音が聞こえる。驚いた柚月は振り返ると、そこに見慣れない男性が立っていた。スーツ姿の田辺誠一(30代)、この春から町の小学校に赴任してきた新しい音楽教師だった。


田辺

「素晴らしい演奏だね。その曲、誰の曲?」


柚月(戸惑いながら)

「…自分で作ったんです。」


田辺は目を見開き、驚いた表情を浮かべる。


田辺

「自分で?これ、即興なの?すごいなあ…。こんな才能を持ってる子がいるなんて思わなかった。」


柚月は恥ずかしそうに目を伏せる。


柚月

「でも、ピアノなんて、家にはないし…ちゃんと習ったこともありません。」


田辺

「それでこれだけ弾けるんだから、ちゃんと習えばもっとすごい演奏ができるようになるよ。音楽が好きなんだね?」


柚月は少しだけ微笑んでうなずく。


柚月

「はい。でも…うちにはそんな余裕ないし、ピアノなんて私には無理です。」


田辺は少し考え込み、膝をついて柚月と同じ目線で話す。


田辺

「才能ってね、君が思ってるよりも貴重なんだ。だから、そのまま埋もれさせるのはもったいない。よかったら、このピアノを使って練習してみない?僕が少し教えてあげるよ。」


柚月は驚きながらも、どこか嬉しそうに見つめる。


柚月

「…でも、お母さんがなんて言うか…」


その言葉に、田辺は優しく微笑む。


田辺

「心配しなくていいよ。まずは、君がやりたいかどうかだ。それが一番大事なんだから。」


柚月はしばらく考えた後、小さく「はい」と答える。


カット:田辺が微笑みながら柚月の頭を軽く撫でる場面。外では夕日が差し込み、二人を包む温かな光が映る。


夜、宮本家の台所。夕飯の片付けが終わり、直子が洗い物をしながらため息をつく。柚月は弟・翔を寝かしつけた後、そっと母の手伝いをしようと近づく。


柚月

「お母さん、今日ね…」


直子は振り返らずに答える。


直子

「何?学校で何かあったの?」


柚月(少し戸惑いながら)

「うん…田辺先生って新しい音楽の先生がいてね、公民館でピアノを弾いてたのを見てくれたの。それで、練習を教えてくれるって…」


その言葉に直子は手を止め、少し困ったような顔で柚月を見る。


直子

「…練習って、何のために?そんなことして、何になるの?」


柚月

「何になるか分からないけど…私、もっと上手くなりたいの。ピアノの音を聞いてると、なんだか心がすごく落ち着くの。自分が自由になれるみたいで…」


直子は柚月の言葉にしばらく黙った後、疲れた表情で答える。


直子

「自由になれる?それはいいけど、うちはそんな余裕ないのよ。翔の世話もあるし、私だって働かなきゃいけない。家のことを手伝う方が、よっぽど助かるんだから。」


柚月は言い返そうとするが、母の苦労を考えると何も言えなくなる。


柚月

「…ごめんなさい。」


直子はふっとため息をつき、手を止めて柚月に近づく。


直子

「別に謝らなくていいのよ。分かってる。あんたがピアノ好きなことも。でもね、夢だけ見てるわけにはいかないの。それが現実ってものよ。」


直子はそう言いながら柚月の頭を軽く撫でる。柚月はうつむいたまま、小さな声でつぶやく。


柚月

「…でも、私、ピアノ弾くのが好きなの。」


その言葉に直子は何も答えず、再び洗い物を始める。台所には水音だけが響く。


カット:柚月の部屋。小さな布団の上で横になった柚月は、天井を見つめながら思い出す。今日の田辺先生の言葉や、公民館で弾いたピアノの音。心の中で決意するようにつぶやく。


柚月(心の声)

「どうしてもピアノが弾きたい…。でも、お母さんを困らせるわけにはいかない。どうすればいいんだろう…。」


外では波の音が静かに響き、窓から月明かりが差し込む。彼女の瞳に映るのは、ぼんやりとした希望と不安の入り混じった光。


ナレーション(田辺先生の声)

「才能は、時に大きな壁にぶつかる。それを乗り越えるのは、自分自身の決意と、ほんの少しの勇気だ。」


カット:月明かりに照らされた静かな漁村の風景。


夜も更け、家の中は静まり返る。柚月は布団の中で目を閉じているが、なかなか眠れない。昼間の田辺先生との会話が頭を巡り、心が落ち着かない。


柚月(心の声)

「お母さんには迷惑をかけたくない。でも…ピアノが弾きたい。この気持ちはどうすればいいの?」


布団から抜け出した柚月は、窓辺に座り、外の静かな波の音に耳を傾ける。ふと、月明かりが差し込む窓辺の机にノートが置かれているのに気づく。彼女はノートを開き、頭の中に浮かぶメロディーを思い出しながら、五線譜のように線を引いて音符を描き始める。


柚月(心の声)

「ピアノがなくても、今できることをしよう。田辺先生にまた会って、自分の気持ちを話してみるんだ。」


ノートには、彼女が思い描く音楽の一部が少しずつ形になっていく。ペンを走らせる柚月の表情には、ほんの少しの不安と、それを上回る強い決意が宿っている。


カット:翌朝、日の出とともに港が再び活気づく風景。波の音とともに、次回への期待感を漂わせる音楽が流れる。


次回予告


ナレーション(田辺先生の声)

「才能を見つけたとき、人はどう動くのか。それを伸ばすには、何が必要なのか。柚月が選んだ一歩は、小さくとも確かな道筋だった。だが、家族、周囲、そして自分自身との葛藤はこれからも続いていく――。」


映像予告:

•公民館でピアノに向かう柚月の姿。

•田辺先生が校長先生と話している様子。

•直子が漁師仲間と話し込み、何かを決意する表情。

•クラスメイトたちから冷ややかな視線を受ける柚月。


タイトル表示

「次回:音楽への一歩」

「才能を試す最初の扉が開かれる――。」


読者メッセージ


「音楽への情熱、家族への思い、そして現実との葛藤。9歳の少女・柚月が自分の才能と向き合い、成長していく姿は、きっとあなたの心にも響くはずです。『Gifted』第1話、いかがでしたか?ぜひ次回もご覧いただき、柚月の旅路を見届けてください!」


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2024年12月3日 08:00
2024年12月4日 08:00

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