第30話 調和を探して
翌朝、柚月はピアノ室の扉を開けると、すでにアキと翔が到着していた。アキはチェロの弓を引きながら低い音を出していたし、翔はバイオリンのチューニングをしていた。二人とも昨日の練習での課題を引きずることなく、新しい気持ちで音楽に向き合おうとしているようだった。
柚月は静かに挨拶をすると、ピアノの前に座った。今日はどこか違う感覚があった。昨日の佐伯先生の言葉が、まだ胸の中で響いている。
柚月(心の声)
「自分が大切にしたい音を見つける…。きっと、それが私の軸になるんだ。」
彼女は楽譜を開き、指を鍵盤に置くと、音をゆっくりと出し始めた。その音はこれまでのように迷いがちなものではなく、自分の感覚を確かめるような穏やかなものだった。
アキ(気づいて)
「お、なんかいい感じじゃん、柚月!」
翔もバイオリンを構えたまま、笑顔を浮かべた。
翔
「確かに。なんか落ち着いてる感じがするな。」
柚月は照れたように笑いながら、二人に声をかけた。
柚月
「今日は、もっとみんなの音を聴きながら弾きたいと思ってるの。だから、私が少しリードしすぎてたら教えてね。」
アキは嬉しそうに頷き、チェロを構えた。
アキ
「じゃあ、改めて合わせてみよう!今日はもっと一緒に『星の迷宮』を探検しよう。」
三人は改めて楽器を構え、「星の迷宮」の冒頭を再び演奏し始めた。低音から始まるチェロが道を切り開き、ピアノがその上に流れる旋律を紡ぐ。翔のバイオリンは高音で光のようなラインを描き、その音は三人の間で見事に重なり合っていった。
柚月(心の声)
「みんなの音が私を支えてくれる…。だからこそ、私の音もみんなを支えられるはず。」
中盤の難しい部分に差し掛かる。以前は何度もつっかえた箇所だったが、今日は違った。三人がそれぞれ互いの音を聴きながら、少しずつタイミングを合わせていく。チェロが低く深い音を支え、バイオリンが旋律を引き立て、ピアノがその間をつなぐように響く。
演奏が終わると、しばしの静寂の後、アキが嬉しそうに声を上げた。
アキ
「やったじゃん!さっきより全然よかった!」
翔も頷きながら、バイオリンの弦を軽く叩いた。
翔
「ああ、なんか、曲の形が見えてきた気がする。」
柚月は二人の言葉に微笑みながら、胸の中で湧き上がる達成感を噛みしめていた。
柚月(心の声)
「これが音楽なんだ…。一人じゃ見えなかった景色が、みんなと一緒だとこんなにも広がるなんて。」
そのとき、扉が開き、佐伯先生が入ってきた。先生は三人を見て、優しく微笑む。
佐伯先生
「いい音が出てたわね。みんな、それぞれの音がちゃんと活きていたわ。」
柚月はその言葉に少し照れながらも、深く頭を下げた。
佐伯先生
「でもね、まだ曲には隠されたテーマがあるの。それを見つけるために、もう一歩踏み込んでみましょう。次は、曲全体の中で、みんながどんな役割を果たすのかを考えてみるのよ。」
アキが首をかしげながら質問した。
アキ
「どんな役割…って?」
佐伯先生は微笑みながら答える。
佐伯先生
「音楽は会話なのよ。それぞれが何を伝えたいのかを感じながら演奏することで、曲が生き生きとしてくるわ。たとえば、ピアノが問いかけをしたら、チェロがそれに答え、バイオリンが話を広げる…そんなふうにね。」
翔が感心したように頷き、バイオリンを見つめた。
翔
「確かに、ただ音を合わせるだけじゃなくて、もっと会話してる感じにすると面白そうだな。」
柚月もその言葉に心が躍った。
柚月(心の声)
「音楽で会話をする…。それがこの曲の鍵になるのかもしれない。」
再び三人は楽器を構え、曲を通して「会話」を始めた。ピアノが穏やかに問いかけるような音を出すと、チェロが深い響きでそれに応える。バイオリンが軽やかにその話を広げ、音楽が一つの物語を紡ぎ出していく。
演奏が終わると、三人は顔を見合わせて微笑んだ。そこには、今までにない充実感があった。
柚月(心の声)
「迷宮の中で見つけた光。それが、私たちの音楽なんだ。」
カット:ピアノ室の窓越しに広がる空が、鮮やかな夕焼けに染まる。三人の音楽は、静かにその先の未来を描き始めていた。
次回予告
三人が「星の迷宮」を完成させる日が近づいていく。しかし、彼らは新たな試練に直面する。それぞれが抱える心の葛藤が浮かび上がる中、音楽が彼らをどのように繋げていくのか――。
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