第14話 発表会の朝
発表会当日の朝、柚月は早く目を覚ました。布団から出ると窓の外に目を向ける。澄み渡る青空と穏やかな海が広がっていたが、彼女の胸には昨日から続く緊張が消えずに残っていた。
台所では、直子がいつもより早く起きて朝ご飯の準備をしていた。柚月が台所に入ると、直子は振り返り、無言で椅子に座るよう促す。
直子
「ちゃんと食べておかないと力が出ないよ。」
柚月は頷きながら椅子に座り、出されたお味噌汁をゆっくり口に運んだ。しかし、緊張のせいで喉が通らず、箸を止めてしまう。
直子はその様子を見て、ため息をつきながら座り直す。
直子
「あんた、そんな顔してたら緊張がばれるよ。もっと堂々としてなさい。」
柚月(小さな声で)
「でも…うまくできるか分からない。」
直子はしばらく黙って柚月を見つめた後、少しだけ微笑む。
直子
「うまくやる必要なんてないでしょ。ただ、今の自分を見せればいい。それがあんたのやりたいことなんじゃないの?」
柚月はその言葉にハッとし、顔を上げた。母の目は真剣で、どこか温かい光が宿っていた。
柚月(静かに)
「…分かった。頑張ってみる。」
直子は頷き、再び炊事に戻った。
発表会の会場となる町のホールは、公民館よりもずっと広く、普段の練習とはまるで違う空気が流れていた。柚月がホールに到着すると、すでに他の出演者やスタッフが準備を進めている。楽器の音合わせや人々のざわめきが、緊張をさらに煽るようだった。
田辺先生がホールの入口で待っており、柚月を見つけて手を振った。
田辺
「柚月、早く来たね。いい顔してるじゃないか。」
柚月は少しだけ笑って答える。
柚月
「先生、私、本当に弾けるのかな…。こんなに広い場所、初めてだから…。」
田辺先生は肩に手を置き、静かに言葉をかける。
田辺
「大丈夫だよ。練習でやってきたことをそのままやればいい。それ以上のことをしようとしなくていいんだ。」
柚月は頷き、ホールのステージを見上げた。舞台の上に置かれた大きなピアノが彼女の目に映る。どこか遠い存在のように感じたが、同時に、それが自分の居場所だと感じる瞬間でもあった。
控室で、柚月は自分の順番を待ちながら、譜面を見つめていた。指で鍵盤をなぞるように動かし、頭の中でメロディーを繰り返す。だが、ふと指が止まり、心の中に不安がよぎる。
柚月(心の声)
「もし、間違えたら?もし、みんなが私の音楽を笑ったら?」
そのとき、控室のドアがノックされ、田辺先生が顔を覗かせた。
田辺
「柚月、大丈夫か?」
柚月は少し戸惑いながら答える。
柚月
「…少し怖いです。でも、やるって決めたから。」
田辺先生は満足そうに頷き、少し間を置いてから静かに話し始める。
田辺
「君がこの場所に立つまでにしてきたこと。それだけで、君はもう十分にすごいよ。今日は誰かのためじゃなく、自分のために弾こう。君の音楽を、君自身が楽しむんだ。それが一番大事なことだから。」
柚月はその言葉に目を閉じ、深呼吸をした。胸の中にあった重い不安が少しだけ軽くなるのを感じた。
やがて柚月の番が近づき、彼女はステージ袖に立った。舞台の向こうにはたくさんの観客の影が見える。その中に、母・直子の姿があるのか気になったが、探す余裕はなかった。
司会者が柚月の名前を呼び、会場が静まり返る。柚月は深呼吸をして、一歩一歩舞台へと歩み出た。
カット:会場の天井に輝くシャンデリア、静まり返った客席、そして舞台中央に佇む柚月の小さな背中。
彼女がピアノの前に座り、鍵盤に手を置いた瞬間、次のシーンが幕を開ける。
(次回、発表会本番の演奏へ)
次回予告
ナレーション(田辺先生の声)
「舞台の上に立つ柚月。その指先から紡ぎ出される音楽は、どんな景色を描くのか。そして、その音は誰の心に響くのか――。」
映像予告:
•ピアノを弾き始める柚月の真剣な表情。
•客席にいる直子が複雑な表情で娘を見つめるシーン。
•柚月の演奏が終わり、静まり返る会場。
•美咲が柚月に何かを言いかける場面。
タイトル表示
「次回:音楽が繋ぐ心」
「小さな音楽が大きな心の波紋を広げる――。」
読者へのメッセージ
「『Gifted』第6話をお読みいただき、ありがとうございます。ついに迎えた発表会当日。舞台に立った柚月の心の中には、不安と決意が入り混じっています。次回、彼女の演奏がどのように周囲に響き、彼女自身にどんな変化をもたらすのか、ぜひご期待ください!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます