訓練とうさ耳 3

 夜、わたしはライナルト殿下とともに城へ向かった。

 お父様もお母様もお兄様も招待されているが、同じ馬車に全員が乗るとキツキツになるので、馬車を二つに分けることにしたのだ。


 今日もギーゼラの「聖女っぽく見えるメイク」で、わたしのきつい顔立ちは二割ほど抑えられている。

 まあそれでもきつい顔立ちには変わりないが、ライナルト殿下が「可愛い」と言ってくれたので気にしないことにした。


 ライナルト殿下一人が帽子をかぶっていたら目立つので、わたしも、わたしの家族も、何と国王夫妻と王太子殿下も、今日は帽子着用である。

 王族が全員帽子を着用していたら、今年の新しい流行の一つと認識されて受け入れられるだろう。


 ……帽子着用の夜会なんて聞いたことがないけど、ファッションの一つとして捕らえればそれほど不思議でもない……はずだ。たぶん。


 ちなみにわたしとライナルト殿下の帽子は、デザインこそ違うけれど、色は白を基調としたものでお揃いだ。


 ドレスは明るい若葉色で、ライナルト殿下のエメラルド色の瞳と同系統の色にしてみた。

 ライナルト殿下はわたしのドレスと同じ色のタイを締め、わたしの髪色と同じ金のタイピンを止めている。カフスボタンには、わたしの瞳にあわせてラピスラズリがあしらわれていた。


 お城に到着すると、わたしたちは王族席に席が準備されているので、そちらへ向かう。

 王族席は大広間全体を見渡せるように高い位置に作られていて、ベルベッドのカーテンが引かれていた。まだ開始時間ではないので、ばらばらと到着する貴族たちを緊張させないようにカーテンを引いてこちら側が見えないようにしているのだ。


 ……あと、パーティーがはじまる前に飲み食いする気満々の伯父様が、もりもり食べているところを貴族たちに見られないようにするためでもあるみたい。


 王族席に到着したわたしは、すでに大量の料理が並べられているテーブルを見て驚いた。

 お母様は平然としているけど、お父様もお兄様も「え?」みたいな顔をしている。


「今のうちに食べておきなさい。パーティーがはじまったら、ドリンクくらいしか口にできなくなるからね」


 伯父様に言われて、わたしとライナルト殿下が席に着くと、使用人がテーブルの上から食事を取り分けて持ってきてくれる。

 パーティーは三時間くらいあるから、先に食べておかないと途中でお腹がすいて苦しくなるらしい。

 大広間の端には軽食が並べられているけれど、さすがに王族が食べに行くわけにもいかないからね。


 はじめてパーティーに参加するライナルト殿下は、「こんなことをしていたのか」とちょっとあきれ顔をしていた。

 だが、空腹状態で三時間耐えるのは嫌だったのか、素直に食事を口に運ぶ。


 今日はわたしのお披露目なので、パーティーがはじまったらライナルト殿下とダンスを一曲踊ることになっているが、それ以外の時間はこの場から広間を観察するくらいしかすることがない。

 あとは、挨拶に来る貴族たちににこりと笑みを返すのが仕事だろうか。

 その程度のことは、マリウス殿下の婚約者だった時に経験済みなのでなんてことはない。ただ、ずっと笑顔を浮かべておく必要があるので、表情筋がぴくぴくするくらいだ。


 食事を終え、目の前から食事とテーブルが片付けられると、しばらくして閉じていたカーテンが開かれた。

 シャンデリアに照らされてキラキラしている大広間が見える。

 どれだけの貴族に招待状を配ったのか、広間がぎゅうぎゅうになるくらい大勢の人が集まっていた。


 伯父様がワインの入った細いグラスを持って立ち上がると、喧騒に包まれていた広間がシンと静まり返る。

 伯父様は、朗々と響き渡る声で、わたしがこの国の聖女として認められたこと、それから長年病で臥せっていた(ということにされていた)ライナルト殿下が快癒したことを報告する。


 さらに、ロヴァルタ国王の了承が得られれば、ライナルト殿下とわたしが婚約する予定であることも告げられた。

 ロヴァルタ国王から了承を得られる前に報告しちゃっていいのかしらと思ったが、聖女認定式でもほのめかしていたので今更だろう。


 伯父様に立ち上がるように言われたので、わたしとライナルト殿下が立ち上がって一歩前に出ると、わあっと広間から歓声が上がる。

 軽く手を振ってそれに応えた後で、わたしはライナルト殿下とともに広間に降りた。

 今から一曲、大観衆の中でダンスを踊るのである。


 わたしはマリウス殿下のときに、この羞恥プレイを経験済みだが、ライナルト殿下は大丈夫かしらと見上げれば、長年呪われていてもさすがは王子様だ。堂々としたものだった。


 柔らかい音色の、ゆったりとしたワルツの演奏がはじまる。

 一緒に踊ることがわかっていたので、邸で何度か練習したけれど、わたしとライナルト殿下は息がぴったりだった。

 おそらくライナルト殿下がわたしに合わせてくれているのだろう。

 強引だったマリウス殿下とのダンスと違って、ライナルト殿下とのダンスは、ダンス自体を楽しむことができる。


 ……早く終われ~って思ってたマリウス殿下とのダンスと大違いだわ。


 ライナルト殿下はダンスのさなかもものすごくわたしを気遣ってくれて、丁寧に優しくリードしてくれる。

 派手さはないが、とても品のいい、見本のようなダンスを踊る人だ。

 魔王の呪いがかかっていたこともあり、外に出られなかったライナルト殿下を心配した王妃様が、せめて少しは体を動かさないとと、暇さえあれば一緒にダンスを踊ってくれていたらしい。

 ライナルト殿下の体調もあったし、兎になった後は練習できていなかったそうだが、おかげで人並みには踊れると言っていた。


 ……人並み以上だと思うけどね!


 ライナルト殿下の人柄が現れているような、ふわりと柔らかいダンスに、広間のあちこちから「はあ」とか「ほぅ」とかご婦人方のため息が聞こえてくる。


 そうでしょうそうでしょう、ライナルト殿下はカッコよくて可愛くて優しくて、すっごくすっごく素敵なのだ!


 わたしにはあっという間に感じられたダンスを終え、ライナルト殿下とともに、人に囲まれる前に王族席へ戻る。


「素敵だったわよぅ」


 とお母様がにこにこしながらわたしたちを褒めて、お父様にすっと手を差し出した。


「わたくしも久しぶりに踊りたいわね、あなた」

「いいね!」


 そんなやり取りをして、わたしたちと入れ替わるようにお母様とお父様が広間に降りて行った。

 生まれ変わっても仲がよさそうで結構なことである。

 いつもなら女の子にきゃーきゃー騒がれること目的でダンスを踊りに行くお兄様は、徹夜続きでぼーっとしている。


 ……そう言えば今は、洗濯機を作っているって言ってたわね。魔術具の。


 一通り満足したら元のナルシストなお兄様に戻るだろうが、それはもう少しかかりそうだ。

 伯父様たちやわたしたちの元に挨拶者が来はじめたので、わたしは姿勢を正して応対していく。

 しばらくして挨拶者がいなくなったところで、疲れたらしいライナルト殿下がわたしにすっと手を差し出してきた。


「もうパーティーも終盤だし、ちょっと抜け出さない?」


 それはとても魅力的な申し出だったので、もちろん、わたしに否やはなかった。




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