黒兎、拾いまして 2
港から馬車で十日。
シュティリエ国王都に到着したわたしたちは、白亜の宮殿かよとツッコミたくなるような邸を前に茫然としていた。
いや、いやね?
邸を用意してくれるとは聞いていたよ?
でもさ、まさか王宮の一つが用意されるとは、思わないじゃん?
お母様はこめかみを抑えて「まあ、今は使っていなかったけども」などと嘆息している。
お母様曰く、この大きな宮殿は、三代前の王家が使っていた王宮らしい。
三代前の王様が在位中に新しい王宮を作ったため、放置されていた王宮なのだそうだ。
「お兄様のことだから、どうせ今は使ってないし、褒賞なんだから王宮でもいいんじゃね? くらいのノリでここに決めたんでしょうね」
はあ、とお母様がまたため息を吐いた。
うん、わたしは伯父様とは直接会ったことなくて、手紙でしかやり取りがなかったけど――、伯父様なら、やりそう。
何というか、豪快というか、ノリのいい人なのだ。そして人を驚かせることが大好き。
フェルゼンシュタイン公爵家から使用人も何人か連れてきたけれど、みんな口をあけてポカンとしている。
ぼそぼそと「え? 掃除大変じゃない?」とか、「何部屋あるんだ?」というつぶやきが聞こえてくる。
うん、そうだね。明らかに使用人の数が足りないよ。
こんな巨大な王宮を、十人の使用人で掃除しろって言うのは無理があるよね。
邸だけじゃなくて庭も広いからね‼
でも、もらっちゃったものは仕方ない。
できれば事前情報と確認がほしかったけれど、伯父様に丸投げしちゃったわたしたち家族にも責任がある。
頭を抱えつつ玄関をくぐれば、ダンスパーティーが開けるんじゃないかと思うほど広い玄関ホールに、ずらりと使用人の制服に身を包んだ男女が二列になって並んでいた。
ざっと見ただけで三十人はいるだろうか。
「ほえ?」
つい、変な声が出る。
えっと、彼らは誰だろうかと首をひねっていると、執事っぽい燕尾服のロマンスグレーがカッコイイ五十過ぎほどのおじさまが前に進み出てきてにこりと笑った。
やっばーい、なにこのおじさまイケメン! いや、イケオジ!
「はじめまして旦那様、奥様、ぼっちゃま、お嬢様。フィリベルトと申します。国王陛下よりこの邸の家令を申し付かっております、どうぞよろしくお願いいたします。それから、彼らは使用人たちです」
なんと、シュティリエ国王陛下は使用人たちまで手配してくれていたらしい。
本日の驚き、二回目である。
本当に、事前に情報共有してほしいです、伯父様‼
なんでも、伯父様は使用人の数が足りないだろうと気を回し、到着した日から落ち着いた暮らしができるように、事前に使用人を雇って邸の中を整えてくれていたそうだ。
それだけ聞くととっても仕事ができる優しい伯父様に思えるけど、いかんせん心臓に悪いからね。ホウレンソウは仕事の基本だよ。まあ、たぶん驚かせようとやっているんだろうから、そう言う意味では大成功だろうけどね!
お母様が、「あとでお兄様に文句を言っておかなくちゃ」とこめかみを指先でぐりぐりしている。
「我が家としてはありがたいけれど、人を驚かせて楽しむのはやめてほしいわ」
その意見に、わたしたち三人は「「「うんうん」」」と大きく頷く。
だが、これで急遽使用人を募集して面談して回る仕事はなくなった。
驚かされるのは困るが、やはりここは伯父様に感謝しておくべきだろう。
フェルゼンシュタイン公爵家から連れてきた使用人たちも、戸惑いつつもフィリベルトたちと話をはじめている。情報を共有し、これからの仕事内容について話し合うのだろう。
ここにいると邪魔になりそうなので、わたしたちはひとまず長旅の疲れを癒すべく、ダイニングへ向かった。
美味しいケーキとお茶を用意しているって言われたからね!
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