黒兎、拾いまして 1
ロヴァルタ国のフェルゼンシュタイン公爵領から、シュティリエ国までは船で二時間ほどで到着する。
フェルゼンシュタイン公爵領からロヴァルタ国の王都までは馬車で二週間もかかるから、それを思えばめっちゃ近い。
まあ、陸路と水路の移動速度の違いもあるけどね。
車がない世界だから、お馬さんの脚力でポッカポッカと移動するしかないから、陸路はちょっと移動するのも大変だし時間がかかる。
ついでに馬車は見た目ほど優雅な乗り物ではなく、長時間乗っているとお尻が痛くなるし、ガタガタと揺れる。
誰かこの世界の発明家、車を作ってくれないかなー。
異世界転生するのがわかってたら、家族全員で一生懸命車の構造を調べて頭に叩き込んでおいたのに、残念。
まあ、ガソリンがない世界だから、石油を掘り当ててガソリンを作るところからはじめないといけないから、構造を覚えていただけじゃどうしようもなかったかもしれないけど。
ただ、化学が発明していない分、この世界には魔法がある。
貴族はたいてい魔力を持っているので、わたしも家族も全員が魔法を使えるし、船にも魔力を込められる魔石を取りつけて動力にしているので、ガソリンがなくてもすいすい進む。人力は帆を張るくらいしか必要ない。昔の船のように大勢の漕手が大きなオールで漕ぎ漕ぎしなくていいのだ。
せっかくなら馬車にも魔石を取りつけてもっと快適な乗り物にすればいいのにとは思ったが、開発されていないと言うことは、馬車に魔石を取り付けるメリットがあんまりないのかもしれない。
「潮風が気持ちいいわー」
甲板に出てうーんと大きく伸びをしていると、日傘をさしたお兄様がやってきた。
……うん、公爵令嬢が日傘なしで日差しを浴びているのに、その兄が日傘をさしてるってどういうことよ。
「ヴィル、日焼けするぞ。せっかく美人に生まれたんだから、もっと外見を大切にしろよ」
しっかりと日傘で日差しをガードしているお兄様は、その言葉通り、外見をとってもとってもとーっても大切にしている。
前世、佐藤勝。
いろいろ恵まれていそうな名前を付けられた兄は、その実、前世では名前負けもいいところだった。
まず、何をやらせても平均点。
ひょろりと痩せ型で、外見は十人並み。
スポーツ、普通。学力、普通。外見、普通。全部が普通、のパッとしない青年だった兄は、まあモテなかった。
全部が平均点なんだから平均的にモテてもいいものだが、何もかもが平均の男というものに女性は惹かれないらしい。
そのくらいならちょっと残念な部分があったり、悪そうだったり、何か一つに突出していて他はダメなくらいな方が、「もう、この人ったら仕方ないんだから♡」と女性は放っておけなくなるもののようだ。わたしにはよくわからないけどね。
とにかく前世でまったくモテなかった兄は、転生し、恵まれた容姿を手に入れたことで、何かおかしなものに目覚めたらしかった。
まず、やたらと美容に気を使う。
そして、やたらと自分がイケメンであることをアピールする。
ついでにその外見と公爵令息というとてつもなく高い身分で、どこへいっても女子供にきゃーきゃーと騒がれるので、有頂天になっていた。
そのせいでさらに、自分の外見に気を遣うようになると言う悪循環。
結果、ちょっと船の甲板に出るにも日傘をさすような残念な兄が出来上がったと言うわけだ。
「お兄様、男はちょっとくらい日焼けしていたほうがカッコイイと思うわよ」
「そんなことを言って、シミになったらどうするんだ。日サロに通い詰めてしみだらけになって、ついでに髪の毛も日焼けして赤くなってパッサパサになった似非サーファーみたいになったらどうするんだ。俺は絶対に日焼けなんてしないぞ」
むしろ日焼け止めクリームも欲しいくらいだ、なんでこの世界に日焼け止めクリームがないんだと嘆く兄のことは、面倒くさいので無視しよう。
「俺はこの世界で、女の子にきゃーきゃー言われながら過ごすんだ。ビバ! モテ人生‼ ビバ! イケメン‼ 神様この容姿に生まれ変わらせてくれてありがとう‼」
ああ、本当に面倒くさいし仲間だと思われたらいやだから離れておこう。
デッキの手すりに両手をついて、だんだんと近くなる対岸線に目を細める。
港に着いたら、伯父様――シュティリエ国王陛下が、迎えの馬車を用意してくれていると言っていた。
さあ、シュティリエ国で第二の人生のはじまりよ!
わたしはそこで、そう言えば「シュティリエ国」って何かがあったような気がしたけど、と何かを思い出しかけたけど、背後の兄が「シュティリエ国には可愛い女の子たくさんいるかな~!」などとうざい鼻歌を歌いはじめたので、面倒臭くなって深く考えるのをやめた。
うん、お兄様、マジうざいわよ。
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