プロローグ 2
ピーッとわたしの吹いた笛に整列した家族たちが、申し合わせたように敬礼する。
わたしはピッと空に向かって右手を上げた。
「はい! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
じゃじゃーんと王太子のサインの入った手紙を見せると、家族全員が「「「やっぱりかー」」」と合いの手を打った。
わたし、ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、十二歳の時にこの国ロヴァルタ国の王太子マリウスと婚約していた。いわゆる政略結婚である。
そして、乙女ゲームのストーリーを信じるならば、マリウスと婚約していたヴィルヘルミーネは十八歳の夏、領地にいたところに王太子から手紙が届き、一方的な婚約破棄を告げられる。
その後、婚約破棄された事実に激怒したヴィルヘルミーネが、秋からはじまる今年の社交シーズンで、マリウスを奪ったとヒロイン、ラウラ・グラッツェルへ度の超えた嫌がらせをし、ゆくゆくは破滅していくという流れだ。
乙女ゲームなので、攻略対象はマリウス以外にも存在するが、このゲームは、一番最初はマリウスルートからはじまる。
マリウスを攻略後、他の攻略対象のルートが次々に開けていくと言う流れで、他の攻略対象を選んだ場合は、ヒロインはマリウスから「君のことは妹のようにしか思えない」と言われて別れることになり、他の攻略対象との恋愛が進んでいくと言う流れだった。
そして、わたしにとって一番最悪なヴィルヘルミーネの処刑が組み込まれているストーリーが、この、マリウスルートなのである。
このままでは危険だ。
ヒロインがどのルートに入るかは知らないが、処刑にならずともどのルートでも悪役令嬢は破滅する。このままゲームのはじまりの社交シーズンを迎えてはならない。
「とうとう届けられました悪魔の手紙! さあどうする⁉」
「ピンポーン!」
「はい、おとーさん!」
状況的に最悪だと言うのに、まったく緊迫感のない能天気なわたしたち家族は、家族会議という名のクイズ大会をはじめた。
まあ、クイズの答えはこの一年でもう決まっているんだけどね。
びしっとわたしに名指しされた父アロゼルムは、「はーい」と片手をあげて答えた。
「王太子をぶん殴りに行くぞ?」
「ぶぶー! 不正解でーす! そんなことをしたら不敬罪で即刻牢屋行きでーす!」
「ピンポーン!」
「はい、おにいちゃん!」
「俺がヒロインを誘惑して骨抜きにする」
「ぶぶー! ちょっと今の顔がイケメンだからって調子こいてんじゃねーぞこのナルシストが! 不正解でーす!」
「ピンポーン!」
「はい、おかーさん!」
「わたくしの母国に国外逃亡!」
「ピンポンピンポーン! 正解でーす‼」
そう、この一年、家族会議に家族会議を重ね出した結論がこれだった。
もう、この国で生活するのは危険じゃね?
だったらとっとと別の国に逃げちまえ!
という、とっても雑だがきっと一番安全だろう「国外逃亡」を選択することにしたのである。
隣国シュティリエ国は母クレメンティーネの祖国。
もっと言えば、母は現シュティリエ国王の妹で、シュティリエ国王は二十一年前に王太子の身でありながら魔王を討伐した勇者で、父と母はその勇者一行のパーティーだった。
いやもうこの乙女ゲームすげーわー、と思う。
王太子が剣を握って魔王討伐に向かっちゃうんですよ。
そして、そのお供に王太子の妹王女と婚約者で隣国の公爵令息がくっついていくんですよ。
もし魔王に全滅させられてたらどうなるんだろうって思うよね。
国のトップになる人間が、剣を握り締めて「討伐行くぞー!」とか言ったらダメだよね。
ツッコミどころ満載だが、ここはそういう世界だ。ツッコムだけ疲れるし、前世ではこのツッコミどころ満載のゲームを楽しくプレイしていたのだから、わたしには指摘する資格もないだろう。
とまあ、こういう背景があって、ロヴァルタ国内では破滅寸前のフェルゼンシュタイン公爵家だが、隣国シュティリエ国では魔王討伐という偉業を果たした勇者パーティー仲間とその家族ということで、いつでもウェルカムな状態だという。
お母様が事前に伯父様――シュティリエ国王に訊ねたところ、いつでもおいでー、家族全員で永住していいよー、と実に気楽な答えが返って来たのだから間違いない。
そこでわたしたちは、この一年をかけて、フェルゼンシュタイン公爵家の資産で動かせるものを、せっせとシュティリエ国に運んだ。
伯父様が、王都に邸をプレゼントしてくれたから、そこに次々に運び込んでいったのだ。
国王陛下が簡単に隣国の公爵家の人間に邸とかプレゼントしていいのかなぁ、とも思ったが、なんでも、お父様とお母様は前王陛下から魔王討伐の報酬を受け取らなかったんだって。その報酬を支払ったって扱いにするからいいのだそうだ。
軽いなーと思ったけど、魔王討伐ってとってもすごいことだから、むしろ報酬が邸だけなのは安い方なんだそうだ。
ちなみに魔王だけど、前世日本人のわたしは、なんとなく魔王と聞くとサタン的な何かを想像するのだが、なんてことはない。
魔王とは、ものすごく強い魔人がさらに力をつけて、ついでに人類に敵対することで、人間たちが勝手に「魔王」と呼んでいる存在で、百年か二百年くらいに一度、その都度外見の違う魔王が現れるんだとか。
魔人の中にも人類との共存を望んでいるものもいるので、力をつけたところで全員が全員魔王になるわけではない。
そして、運悪く魔王が誕生した国や周辺に暮らしている人たちは、国が滅ぼされないために必死になって魔王を討伐するのだと言う。
このあたりもちょっと設定緩くないか、と思うけれど、何といっても乙女ゲームだ。
ロールプレイングゲームではないのだから、このあたりの設定をしっかりと練り込む必要はないのだろう。
何といっても、メインは恋愛だからね。だって乙女ゲームだもん。魔王とか、設定上のついでなんですよ。
わたしはもう一度ピーッと笛を吹いて手を上げた。
「では、明朝、湾に用意した船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」
「「「おー!」」」
フェルゼンシュタイン公爵領のことは、隠居生活をしていたおじい様にお願いしてある。
おじい様は何といっても先王の弟殿下。
いくら国王や王太子と言えど、先王の弟殿下を罰することはできないので、おじい様に任せておけば領地は安全だ。
おじい様は「お前たちはいったい何を考えているんだ?」とあきれ顔をしていたが、さくっと魔王討伐の勇者パーティーに加わるような破天荒な息子とその家族の行動を、今更咎めたりはしなかった。というか、たぶん諦めている。
ということで、わたしたちは、ゲームがはじまるまえに、この危険なゲームの舞台から退散することを決めたのだった。
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