家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき
プロローグ 1
「はい、ちゅーもーっく!」
ピーッとわたしが吹いた笛の音が、青い空に吸い込まれていく。
ふわりと吹き抜けていく風はほんのり潮の香りを含んでいて、見上げた空に燦然と輝く太陽は、初夏の昼下がりらしくギラギラしていた。
ここは、ロヴァルタ国の、フェルゼンシュタイン公爵領だ。
フェルゼンシュタイン公爵領はロヴァルタ国の西の海に面していて、狭い内海を挟んだ反対側の大陸には母の祖国シュティリエ国がある。
きつい巻き毛の金髪を頭のてっぺんで結い上げ、夏の空よりも青いドレスの裾を風にはためかせながら、わたしは、「悪役令嬢」らしい少々吊り上がりぎみの大きな目を目の前の家族三人へ向けた。
父、アロゼルム・フェルゼンシュタイン、三十九歳。
母、クレメンティーネ・フェルゼンシュタイン、三十九歳。
兄、カールハインツ・フェルゼンシュタイン、十九歳。
そしてわたし、ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタイン、十八歳。
……うん、いつも思うけど、わたしたちの家族は全員なんだか長ったらしくて仰々しい名前ね。
前世で「佐藤良子」という珍しくもない名前だったわたしがまさか、ヴィルヘルミーネなんてどこのお金持ちのお嬢様だよと突っ込みたくる名前を名乗ることになるとは。
いやまあ、お金持ちのお嬢様って言うのは間違っていないけどね。
だって、うち、公爵家だし。
しかも、ロヴァルタ国で一番大きな領土を持つ、一番のお金持ちの公爵家だし。
ほんと、人生って何が起こるかわからない。
明け方に突然やって来た巨大地震で、家族で暮らしていたふっるーい集合アパートが倒壊したせいで下敷きになり、あっと思ったときはわたしたち家族は全員お陀仏になった――はずだった。
それが気づいたら異世界に転生していて、こうして「佐藤家」ならぬ「フェルゼンシュタイン家」会議をすることになるとは。
――そう、何故か前世の佐藤家は、家族全員でこの大金持ちの公爵家フェルゼンシュタイン一家として転生していたのだ。
なんて美味しい異世界転生。
前世の記憶を取り戻したのは今から一年前のことで、家族がまた家族として異世界に転生していたことに「転生先でも一緒なんてわたしたちどんだけ家族が好きだよー!」と大爆笑したわたしたちは、そこではた、と気が付いた。
いや、この異世界転生、あんまり美味しくないんでないかい、と。
そう、「ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタイン」という仰々しいこの名前。
どこかで聞いたことがあるような気がすると思ったら、わたしが前世ではまっていた乙女ゲームの悪役令嬢の名前だった。
前世のわたしはリビングの大画面のテレビで家族の目の前で堂々と乙女ゲームができる羞恥知らずな人間だったので、家族全員この乙女ゲームの存在を知っていた。
母が、言った。
「ねえ、ヴィルヘルミーネって、聞いたことがあるわよね?」
兄が言った。
「そのド派手な盾ロールの金髪と気の強そうな顔立ちも、うん、どこかで見たことがある気がするね」
そして、父が言った。
「うん、よしちゃんがはまってたゲームでいっつも破滅していた適役の令嬢に似てるね?」
「「「…………」」」
ぎゃああああああああ‼
と、その後、家族全員で頭を抱えて絶叫したのは、仕方がないことだったと思う。
「いやいや待て待て待って!」
「異世界転生って言うのも驚きだけど転生先が乙女ゲームの世界の中ってどういうことだよ!」
「つーかゲームだろ? ゲームだろ⁉ 俺たち生きた人間なのか⁉」
「よしちゃんなら悪役令嬢じゃなくてヒロインの方なんじゃないの⁉ だったあんなにあのゲームを愛していたもんねえ⁉」
と頭を抱えのたうち回りながら騒ぎ出したわたしたちに、我がフェルゼンシュタイン家の使用人たちが顔を引きつらせ怯えまくっていたのは記憶に新しい。だってまだ一年しかたってないもんね。
いや、ほんとにね。
あのあと。
「ちょっとまずいんじゃないの、このままだったらよしちゃん……じゃなくてヴィルヘルミーネ、破滅じゃん? 破滅じゃん⁉」
「確か一番ヤバいのは処刑エンドじゃなかったっけ⁉」
「処刑⁉ ギロチン⁉ いやあああああああ‼」
「つーか俺たち家族も財産と爵位没収の上国外追放じゃなった⁉」
「いやああああああああ‼」
と、阿鼻叫喚の渦に叩き落された佐藤家ならぬフェルゼンシュタイン家は、使用人を震撼させるほどの混乱を見せた。
そしてそれから一年後。
今に至る、というわけだ。
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