聖女認定式と星空の告白 2
その日の夜、わたしがお風呂上がりにバルコニーで涼んでいると、ライナルト殿下がやってきた。
さすがに兎から人に戻ったあとは同じ部屋で過ごせないので、ライナルト殿下はわたしの隣の部屋で生活している。
紺色の夜着の上に薄手のガウンを羽織ったライナルト殿下は、ギーゼラに案内されてバルコニーへやって来た。
魔王の呪いのこともあってわたしは暇さえあればライナルト殿下のそばにいるし、殿下も殿下でわたしの側にいたがるので、こうして夜に訊ねてくるのもはじめてのことではない。
そのためギーゼラも慣れっこで、二人分のハーブティーをバルコニーのローテーブルの上に置いた。
バルコニーと言っても広いし屋根付きなので、二人掛けのソファとローテーブルが置いてあるのだ。ソファに座って、ぼんやり星空を眺めるのが最近のわたしのお気に入りである。
お父様とかお兄様は寝酒をたしなむけど、ライナルト殿下はお酒よりお茶の方が好きみたい。
ハーブティーと一緒に出された、蜂蜜で作られた星の形をしたキャンディーを見て、「寝る前に甘いものを食べるのは背徳感があるね」なんて言って笑っている。ああ、可愛い。尊い!
伯父様たちがわたしとライナルト殿下を婚約させようと盛り上がっているけれど、わたしたちはまだ恋人未満の関係だ。
だけど、城下町デート以来ちょっといい感じだと、少なくともわたしは思っている。
わたしの隣に座ったライナルト殿下がさりげなく手を繋いでくれて、その温かさにへらっと笑み崩れそうになる。
ライナルト殿下は優しいし可愛いし、ピュアな感じがしてキュンキュンする。
どうやらわたしは、俺様気質な男性より、純粋で優しい男性にときめくタイプだったらしい。
ゲームのコントローラーを握り締めて二次元に興奮していた前世では知らなかった、新しい発見だ。
ライナルト殿下はハーブティーを一口飲んでから、キャンディーを口に入れた。
そしてしばらく口をもごもごさせながら星を眺めて、唐突に、ぽつんと言う。
「ヴィルヘルミーネは……、その、俺と婚約しても、いいの?」
いいのか、と訊かれたら「もちろんです!」と答えたいくらいにはライナルト殿下にときめいているけれど、十八年間公爵令嬢として生きてきた自分が「落ち着け! はしたない!」と待ったをかけてくれたおかげで食い気味に答えずにすんだ。
わざとらしく小さく咳をして、わたしは「落ち着けー落ち着けー興奮するなー」と心の中で唱えながらハーブティーに口をつけ、にこりと笑う。
「それを言うなら殿下こそ、このままだとわたしと婚約させられちゃいますよ。自分で言うのもなんですけど、わたし、見た目がこんなですから、嫌なら今のうちに逃げておかないと」
「嫌じゃないよ! ヴィルヘルミーネは可愛いし!」
ライナルト殿下がはじかれたようにわたしの方を向いて、それから「あ!」と声を上げて赤面する。
しゅーっと音すら聞こえてきそうなほど恥ずかしそうな顔でうつむくライナルト殿下が、ああ、たまらない。
ライナルト殿下は赤い顔をしたまま、もごもごと続けた。
「か、勘違いしないでほしいんだが、俺は君と婚約できるのは、とても嬉しいと思ってる。ヴィルヘルミーネは、優しいし、可愛いし、側にいると温かい気持ちになるから。……でも、父上が俺とヴィルヘルミーネの婚約を持ち出したのは、その、姪が可愛いと言うのもあるだろうけど、王として、聖女をよその国に取られたくないからでもあると思うんだ。俺と婚約させて、ヴィルヘルミーネをこの国にとどめておきたいんだよ」
聖女は滅多に誕生しないと言われている。
そのため、聖女を見つけたら、どの国も何としてでも自分の国に確保しておきたいと躍起になるそうだ。
魔人の数は少ないし、人間との共存派が多いから、人間に牙をむく魔人は少ないけれど、ゼロではない。
そして、人間に牙を向く向かないにかかわらず、魔人は世界に瘴気と呼ばれる人間に毒のある空気みたいなものをまき散らす。
とはいえ、一人一人の魔人が出す瘴気は微々たるものなので、例えば魔人が百人いる中に何年も置いてきぼりにされない限りは、死ぬほどのものでもないらしい。
が、世界にまき散らされた瘴気は、どういうわけか、ひとところに集まろうとする性質があって、それがたくさん集まると、瘴気溜まりと呼ばれるものが発生してしまう。
瘴気溜まりの周りは瘴気がとても濃くなるので、人が生活できない。
その瘴気溜まりを浄化できるのは、聖女だけだ。
……ほかにも、万が一魔王が誕生したときとかに備えて聖女を確保しておきたいって言うのもあるのよね。
魔人の数が少ないのもあって瘴気溜まりは今の世では滅多に発生しないけど、もし国内に瘴気溜まりが発生したら大変だ。
一度瘴気溜まりができると、浄化しない限り消えないし、年々大きくなっていく。
もし、聖女のいない国で瘴気溜まりが発生した場合、聖女を抱えた国に莫大なお金を積んで聖女を派遣してもらったりするので、国にとっては聖女はものすごく貴重な人材なのだ。
こういう言い方は失礼かもしれないけど、聖女って、出番は少ないけど万が一の時のために常備しておきたい消火器みたいだよねえ。消防車と置き換えてもいいけど。
世界に消防車が数台しかなかったら、そりゃあどの国も欲しがるでしょうよ。しかもバケツリレーで代用できず、消防車にしか消せない火があるなら余計にね。
ライナルト殿下の言わんとすることはわかるし、伯父様が国王として聖女らしいわたしを国にとどめておきたい気持ちもよくわかる。
ライナルト殿下は、わたしが政治的価値で婚約させられそうになっているのを申し訳なく思ってくれているのよね。
でも、貴族令嬢に生まれた以上、政略結婚なんて当たり前だ。
そうでなかったら、わたしはあのくっそムカつく元婚約者と婚約なんてしていなかった。
そこまで考えて、わたしはふと、「ああそうか」と気が付いた。
……ライナルト殿下は、わたしと「政略結婚」するのが嫌なんだ。
わたしが嫌なのではなく、政略結婚が嫌なのだとふと気が付いた。
もっと言えば、政略結婚としてわたしがこの婚約を受け入れるのが、嫌なのだ。
赤い顔をしているライナルト殿下を見れば、多少なりともわたしに好意を抱いてくれているのはわかる。図々しいかもしれないが、よほど鈍感な人間でない限り、純粋な好意を向けてくれるライナルト殿下の態度に気づかない人間はいないだろう。
ライナルト殿下は、わたしのことが好きなのだ。
そしてわたしも、ライナルト殿下が好きである。キュンキュンするし、悶え死にそうになるし、優しくてカッコよくてたまらなく可愛いライナルト殿下が大好きだ。
……でも、ちゃんと言葉にしてくれないと、わたしも応えられないんだよね。
わたしから「好きですよ」って言ってもいいんだけど、両想いっぽいので、そこは乙女としてライナルト殿下から言ってほしいなという気持ちがある。
前世で誰からも告白されたことのないわたしは、一度でいいから異性から告白されてみたいのだ。
だけどピュアな王子様は、どうやらこのままわたしがライナルト殿下と婚約させられそうなことに罪悪感を覚えているようで、このままではたぶん告白してくれないかもしれないので、わたしはそれとなく誘導してみることにした。
「わたしの元婚約者は、それはそれはクズみたいな男だったので、わたしはライナルト殿下のような優しくて素敵な方と婚約できるのは、嬉しいですよ?」
このくらいなら、ぎりぎり告白じゃないよね?
告白はやっぱり「好き」って言わないとダメだもんね?
本当はもっと、いかにマリウス殿下がくず野郎だったのかを説明して、ライナルト殿下がいかに素晴らしいかを説きたかったのだが、たぶんそれをするとムードをぶち壊しそうなのでやめておいた。
ライナルト殿下はパッと顔を上げて、わたしと目が合うと、さらに真っ赤な顔になった。
黒いうさ耳が、ぴくぴくと小刻みに震えている。
……さ、触りたい。
わたしはごくりと唾を飲み込んだ。
ライナルト殿下のうさ耳、超かわいい!
だがしかし、本能の赴くまま目の前のうさ耳に飛びついたら、これまたムードぶち壊しだ。
わたしは必死に自分の中の煩悩と戦いつつ、表情を取り繕う。
……早く両想いになってあのうさ耳を心ゆくまで堪能したいとか、思ってないからね! ちょっとしか‼
ライナルト殿下の喉仏が、ごくんと大きく動いた。何か飲み込んだような音がするが、もしかして口の中に入れていたキャンディーだろうか。
……あのキャンディー、結構大きかったけど、飲み込んじゃって苦しくなかったかな。
ちょっと心配になっていると、ライナルト殿下がわたしの手を両手で握りしめた。
「ヴィルヘルミーネ……あの、その、ヴィ、ヴィルって、呼んでいいか? き、君の家族がそう呼んでいるのが、その、羨ましくて……」
「え、あ、はい、もちろんです!」
何これ可愛い!
わたしの心臓がきゅーっと苦しくなる。
ライナルト殿下はわたしが許可を出すと、それはそれは嬉しそうに微笑んで、そして言った。
「ヴィル……、世界一可愛い。俺は君が好きだ」
可愛いのはあなたですと叫ばなかったわたし、超がんばった‼
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