偽物ならそれで構いません 3

 シュティリエ国王都からロヴァルタ国のフェルゼンシュタイン公爵領までも移動に時間がかかるし、さらにフェルゼンシュタイン公爵領からロヴァルタ国の王都までも馬車で二週間程度かかる。


 週が明けて、わたしはライナルト殿下とお父様とお母様とともにロヴァルタ国へ向けて邸を出発した。

 お兄様はお留守番だ。

 シュティリエ国も社交シーズンなので、何かあった時のために誰か一人は残っておいた方がいいことに加えて、お兄様の魔術具開発熱はまだ冷めていないので、本人の希望もあってお留守番をお願いしたのである。


 ……一応、社交をこなしてもらうためのお留守番なんだけど、あの様子だと必要最低限の社交しかしないでしょうね。


 わたしたち家族は、シュティリエ国の今年の社交シーズンで一番注目されている家族と考えて言い。

 お母様は隣国に嫁いでいた王女だし、わたしは聖女に認定され、ライナルト殿下との婚約が内定している。

 お父様は前王弟を父に持つロヴァルタ国一大きな領地の領主で公爵。

 お兄様は、市場を激震させ続けている天才発明家(と呼ばれている。実際は全部パクリ品なのに)だ。


 誰もがお近づきになりたいようで、わたしたちが出発する前にも、ひっきりなしにパーティーやらお茶会の招待状が届いていた。

 その一つ一つに断りを入れるだけでも大変だったのだが、お兄様はきちんと対応してくれるだろうか。

 連日連夜徹夜して、フィリベルトに迷惑をかける様子しか浮かばない。心配だ。


 ……洗濯機とかお掃除ロボットの開発の前に、スマホを開発してもらえばよかったわ。そうしたら離れていても連絡が取れたのに。


 スマホでなくとも、ガラケーでもいい。ただの電話でも構わない。とにかく通信できる何かを開発してもらっておけばよかったと、わたしは今更ながらに自分の見通しの甘さにがっくりと肩を落とす。


「先週、父上から手紙が届いていたが、都合のいいことに父上も今王都にいるらしいぞ」


 馬車の中には、わたしとライナルト殿下、お父様とお母様がいる。

 ギーゼラやお母様の侍女も同行してくれたが、彼女たちは後続の馬車に乗っていた。伯父様がライナルト殿下とわたしのために騎士を貸し出してくれたので、護衛も数名いる。


 ……王族の移動と考えたら、おつきの人の人数はかなり少ない方なんだけど、大勢で移動するのは大変だからね。あと、ロヴァルタ国とシュティリエ国はそれほど国交のある国じゃないから、護衛を大量に連れてきて攻めてきたと思われても嫌だし。


 護衛が少なくとも、こちらには稀代の大魔術師という異名で呼ばれていたお父様がいる。

 それにフェルゼンシュタイン公爵領には公爵軍がいるし、いまだに貴族たちに強い影響力を持ち、さらには近隣諸国ともつながりのあるおじい様もいる。

 何か問題が発生しても、充分に対応できるのだ。


 ……おじい様、独身の頃に外交と称していろんな国に外遊に出かけていたから、あちこちの王族とか貴族とかと仲がいいのよね。


 先王時代はその経験を生かして外交を取り仕切っていた凄腕政治家でもあった。

 王が代わって「やーめた」と政治から離れてしまっていたが、つながりは今でも消えていない。


 ……外務大臣は今でもおじい様に頭が上がらなくて、困ったことがあればすぐに相談に来ていたし、うん、最悪おじい様がいたらなんとでもなりそうな気がしてきた。


 もしもロヴァルタ国王がわたしとライナルト殿下の婚約を認めなかったらどうしようと不安に思ったりもしたが、おじい様の鶴の一声でいけそうである。持つべきものは有能なおじい様だ。


「おじい様には報告したの?」

「ああ、ライナルト殿下とヴィルが婚約する予定だとは言っておいた。だが、父上の関心はヴィルの婚約よりも、ヴィルが聖女と認定されたことの方が強いみたいだ。さすが私の孫、とやや興奮気味の手紙が来ていたな……」

「そう。でも、反対はしていないのよね?」

「ああ、その点は問題ない」


 わたしはホッと息を吐き出した。

 もしおじい様が婚約に反対していたら、説得するのに骨が折れそうだと思ったからだ。


「ヴィルのおじい様はどんな人なの?」


 ライナルト殿下がちょっと緊張したような顔で訊ねた。


「おじい様ですか? 優しい人ですよ! ちょっと頑固だけど」


 そして、敵には情け容赦のない人だけど、これは言わない方がいい気がした。おじい様がライナルト殿下を敵と認識するとは思えないけど、いらぬ不安は与えない方がいい。


「でも、お義父様が王都に行くなんて珍しいわねえ。社交かしら?」

「父上がわざわざ社交のために王都に行くはずがない。おおかた、陛下やマリウス殿下に文句でも言いに行ったんだろう。青ざめている二人の様子が手に取るようだ」

「あら、それは見たかったわね。さぞ爽快な気分になったでしょうに」


 お母様が悪い顔でころころ笑っている。

 わたしはおじい様と、蒼白な顔をしているロヴァルタ国王とマリウス殿下を想像して、ぷっと噴き出した。


 ……確かに、ちょっと見たかったかも。


 口に手を当ててぷくくくくと笑っていると、ライナルト殿下が今度は「じゃあ、マリウス殿下はどんな人?」と訊ねてきた。


「すごいムカつく自分勝手な性悪王子です」


 わたしが即答すると、困った顔をされたので、確かにこれではよくわからないなと思って言いなおす。


「王太子なので、それなりの教育は受けているし、まあ、馬鹿ではないです。ただ、何事にも自分の感情を優先するので、それによってはとっても馬鹿なことをしでかします。……あれ? だったら結局馬鹿ってことでいいのかな?」

「馬鹿ってことでいいと思うが、さすがに一国の王太子に馬鹿はまずいから、ここだけの話にしておけよー」


 あら、お父様もマリウス殿下が馬鹿って認識してるのね。

 ライナルト殿下が困った顔のまま、首をわずかに傾けた。


「ヴィルは、マリウス殿下が嫌いってことでいいのかな?」

「大っ嫌いですね!」


 これまた即答すると、今度はライナルト殿下がふわりと笑う。


「そうか、安心したよ」


 わたしがライナルト殿下の可愛い笑顔に癒されてにこりと微笑み返していると、それを対面座席で見ていたお父様とお母様がしみじみと言った。


「いいわねえ、青春って」

「そうだなあ」


 ……恥ずかしいから、声に出さないでほしいです‼



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