偽物ならそれで構いません 4

 馬車に揺られ、船に乗って、そしてすぐに馬車に乗って、お尻が痛くなりながらようやく到着したロヴァルタ国の王都は、すっかり秋も深まっていた。

 タウンハウスの前で馬車を降りると、「ヴィル!」とおじい様の声がした。

 わざわざ出迎えに玄関まで出てくれたらしい。


「おじい様! ご無沙汰しております!」

「元気そうだなヴィル。うん? カールはいないのか?」

「お兄様はシュティリエ国でお留守番です」

「そうか……」


 おじい様が、残念そうに肩をすくめる。おじい様は孫であるわたしやお兄様が大好きなのだ。

 同じように馬車を降りたというのにまるっと無視されたお父様とお母様が苦笑を浮かべていた。


「父上、領地を任せっきりにしてすみません」

「悪いとも思っていないくせに謝るな。まったく、お前と来たら昔から! まあ、ヴィルが聖女に認定されたことについてはよくやったと言っておく。それで、ヴィル、シュティリエ国の第一王子殿下と婚約するんだって?」


 おじい様がわたしの隣にいるライナルト殿下に視線を向ける。

 殿下はやや緊張した顔で丁寧に腰を折った。


「ライナルトです。前王弟殿下に置かれましては――」

「ああ、結構結構! そのような堅苦しい挨拶は不要ですぞ。どこかの馬鹿とは違って、礼儀正しい方で安心しました。ほら、アロゼルム、いつまで立ち話をしているんだ。お前に報告があるように、こちらにもいろいろ話があるんだ。中に入るぞ」

「……父上のせいで玄関で立ち話をすることになったんですよ」


 お父様が疲れた顔ではあ、と息を吐き出した。

 お母様がぽんぽんとお父様の肩を叩いている。

 おじい様が話があると言ったので、荷物の片づけはギーゼラ達に任せて、わたしたちは着替えもしないままダイニングへ向かった。


 ダイニングにつくと、わたしの大好きなチョコレートでコーティングされたオレンジのマドレーヌがお茶と一緒に運ばれてくる。

 きっと、おじい様が用意してくれていたのだ。


 嬉しくなっておじい様ににこりと微笑むと、おじい様も微笑み返してくれる。

 チョコレートでコーティングされているため、直接持つとチョコレートで手が汚れてしまうため、フォークで一口サイズに切り分けて口に運ぶ。

 ライナルト殿下も、マドレーヌを口に入れて目じりを下げたので、気に入ったようだ。

 お茶とお菓子で一息ついた後で、おじい様が本題を切り出した。


「すぐに耳に入るだろうが、あの馬鹿王太子がラウラ・グラッツェルという子爵令嬢と婚約した。そして、その子爵令嬢は二週間ほど前、この国の聖女として認定されている」

「え⁉」


 ラウラが、聖女として認定された?

 つまり聖女の力に目覚めたのだろうか。だけど――


「一つの国に、同時期に二人の聖女が誕生した例は、記録されている限り一度もありませんよね?」

「その通りだ。これはかなり珍しいケースだろう」


 単純に確率の問題で、たまたま誕生していなかった可能性も考えられるが、同時期に同じ国で二人の聖女が生まれたことはない。

 わたしはシュティリエ国で聖女認定されたけど、生まれはロヴァルタ国だ。

 認定された国が違うから関係ないと考えてもいいが、そもそも聖女に覚醒する白魔術師は、数十万人に一人とも数百万人に一人とも言われているとんでもなく低い確率で、まったく同じ時期に二人の聖女が誕生したというのも不思議である。


 ……でも、ラウラが聖女に覚醒するのは、ゲームではハッピーエンドのときだけよね。ライナルト殿下はもう呪われていないから、ハッピーエンドの道はなくなったはずだけど、どういうこと?


 ゲームとはすでに違うストーリーを歩みはじめている。

 もしかして、そのせいでストーリー関係なくラウラも聖女に覚醒したのだろうか。


 ……理由はわからないけど、まあ、もうわたしには関係ないことよね?


 むしろ、ラウラが聖女として覚醒したのはラッキーかもしれない。

 ラウラが聖女に認定され、マリウス殿下の婚約者の席に収まってくれているなら、ロヴァルタ国王も聖女に認定されたわたしを再びマリウス殿下の婚約者に、とか言い出さないはずだ。

 何を言われても強引に婚約許可をもらうつもりでいたけど、ごねられると面倒だもんね!

 わたしが一人で納得していると、おじい様が難しい顔で腕を組んだ。


「父上、何か問題でも?」

「問題? あるに決まっているだろう。ライナルト殿下がいらっしゃったのだ、王家が歓迎会を開くと言っているが……、当然、その時に、王家が何か言って来るに決まっている。おそらく、ラウラ・グラッツェルが正しい聖女で、ヴィルは偽物だなんだと言い出すに決まっているではないか」

「え? そうなんですか?」

「ヴィル、これは王家の尊厳に絡む問題だ。ヴィルが聖女であることはもちろん私は疑っていない。だが、王家としてはそれを認めてしまうと、みすみす他国に聖女を取られたことを認めることになる。それはすなわち、王の器に傷がつくと言うことだ。特にヴィルはマリウス殿下の婚約者だった。王家としては、ヴィルが聖女であることは、まあ、認めたくないだろうな」


 なるほど、ややこしい政治問題か。

 妃教育は受けたけれど、王妃に政治は不要と、政治関連についてはほとんど学んでいないので、政治がらみの話にはわたしはとても疎い。

 おじい様の説明を受けて、お父様とお母様まで難しい顔をしてしまった。

 ライナルト殿下も、ぐっと眉を寄せている。


「なるほど、ロヴァルタ国としてはヴィルを偽物に仕立て上げた方が何かと都合がいいでしょうね」


 ライナルト殿下が、机の下で、そっとわたしの手を握る。


「でも、ヴィルは真実、聖女です。公にはしておりませんでしたが、俺……私は、二十一年前に魔王に呪いをかけられていました。その呪いを、ヴィルは解いてくれた。魔王の呪いを解くなんて、聖女にしかできないことです」


 ライナルト殿下の告白に、おじい様は目を丸くした。

 お母様はおじい様にもライナルト殿下が呪われていたことを秘密にしていたので、おじい様は知らなかったのだ。


「そんなことが……」

「はい、それこそ、ヴィルがシュティリエ国で聖女として認められるに至った問題です。魔王の呪いに蝕まれ、人としての生を終えるはずだった私を、ヴィルはこの通り、呪いを解いて元に戻してくれました。ただ、このことは公にできない問題ですので、それを証明することができないのは、非常に残念に思います。ですが、ヴィルが聖女であることは間違いありません。もしロヴァルタ国がヴィルを偽物と断定する気なら、私としても黙ってはいられません」


 いつも穏やかに話すライナルト殿下が、珍しく強い口調で言った。


 ……わたしとしては、ロヴァルタ国で偽物呼ばわりされても、どうでもよかったんだけどね。


 ロヴァルタ国王や王太子に認められたいなんて、これっぽっちも思っていない。

 もっと言えば、別に聖女に認定されていなくたったいいのだ。

 わたしはライナルト殿下の呪いを解きたかっただけであって、聖女だと言われてちやほやされたかったわけではないのだから。


 ……でも、ライナルト殿下がわたしのために怒ってくれるのは、胸がぽかぽかするね。


 おじい様は確認するようにお父様とお母様を見た。

 二人が頷くと、目頭を押さえて、ふう、と息を吐く。


「なるほど、わかった。それを聞いて安心しました。いや、疑っていたわけではないのだが、政治が絡むと、問題が複雑化することは往々にしてありますからね。……けれど問題は、ヴィルが聖女であるという真実ではなく、ヴィルを偽物に仕立て上げようとする思惑が、ロヴァルタ国にあるということでしょうな。そうでなければ、このタイミングでラウラ・グラッツェルが聖女に認定されるのはおかしい」


 おじい様の言う通りだった。

 聖女の浄化能力は、実際に使ってみたらわかるのだが、目に見えるものではない。

 浄化する対象――わたしの場合はライナルト殿下の呪いだったけれど、呪いとか瘴気溜まりとかを浄化してはじめて判断がつくことだ。


 ……それを考えると、浄化する対象がなかったために、聖女の力に目覚めていたけど聖女だと本人も周囲も気づかなかったパターンがありそうね。まあ、その可能性に気づいたところで、検証する材料がないのだから、真実はわからないけど。


 話は戻るが、つまり、浄化対象がなければ聖女かどうかなんてわからないのに、ラウラはどうやって聖女だと認められたのかしら?

 わたしが知らなかっただけで、ロヴァルタ国には瘴気溜まりがあったのかしらね?

 だが、仮にそうだとしても、あまりにタイミングがよすぎる。

 おじい様が懸念している通り、政治的な思惑が働いていてもおかしくない。


 ……つまり、ライナルト殿下の歓迎パーティーにはわたしもパートナーとして参加するけど、そこでひと悶着あるかもしれないから気をつけろってことね。


 まとめるとそう言うことだ。

 おじい様の懸念が正しければ、恐らくそこでわたしは偽物の聖女だと責められることになるのだろう。

 聖女の力は浄化対象がなければ判断つかない。

 偽物だと言われても否定するだけの材料が、わたしにはないと言うことだ。


 ……偽物扱いされても、わたしはライナルト殿下との婚約が認められればそれで構わないんだけど、ライナルト殿下もおじい様も、それは絶対に許せないって顔してるわよね。


 おじい様が、重たい口調で忠告した。


「気をつけろ。あの馬鹿どもは、絶対に何か仕掛けてくるはずだ」


 おじい様が「絶対」という言葉を使った以上、必ず何かが起こるのだろうと、わたしはげんなりした。



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