第一王子ライナルトの秘密 5
「ライナルトー!」
半泣き状態で、伯父様がベッドの隙間に頭を突っ込んでいる。
だから、そんなところに成人済みの男性が入れるはずはないのに、伯父様だけではなく伯母様もディートヘルム殿下も必死だ。
ライナルト殿下がいないいないと騒いでいる三人に、わたしはどうしたものかと、わたしを含む残る四人の中では一番状況を理解していそうなお母様に視線を向けた。
お母様がそっと息を吐いて、伯父様を止める。
「お兄様、少し落ち着いてくださいな。まず、わたくしたちにもわかるように説明してほしいわ。ライナルトは今どういう状況なの? 魔王の呪いは、どこまで進行しているの?」
魔王の呪い?
わたしはふと、どこかで聞いた気がするその単語に首をひねった。
魔王とは、二十一年前に伯父様とお父様とお母様が倒した存在を指すはずだ。
直近で魔王と言えば二十一年前に倒された存在だけで、それ以降魔王と呼ばれるものは誕生していない。
ということは、魔王の呪いってその二十一年前の魔王が何かしたってことなのかしら。
……魔王。二十一年前。呪い……。
何かが頭の中に引っかかっている。
もう少しで何かが思い出せそうなのにともどかしく思っていると、顔を上げた伯父様が泣きそうな顔で頷いた。
「ああ。もうかなり魔王の呪いが進行していて、ライナルトは半年くらい前からこんなにちっちゃな兎の姿に……」
それを聞いた瞬間、ピシャーンとわたしの全身に衝撃が走った。
ライナルト、兎、魔王の呪い!
そうだ、どうして思い出さなかったのだろう。
この世界の元になっている乙女ゲームの設定では、まず、伯父様たちが二十一年前に魔王の討伐に成功する。
この、取ってつけたような設定だが、このゲームを進行する上ではなければならない重要な要素の一つだ。
当時、シュティリエ国の王太子だった伯父様はすでに妃がいた。それが現王妃の伯母様だ。
伯父様たちが魔王討伐を成し遂げた時、伯母様は妊娠中で、しかも出産予定が近く、討伐には同行していなかった。まあ、伯母様は魔術師でも白魔術師でも剣士でもなく、ナイフとフォークより重たいものを持ったことのない普通のご令嬢だったから、討伐に同行しても足手まといでしかないと言う理由もあったが。
伯母様は王都で、伯父様たちが魔王を討伐して帰るのを祈りながら待っていたと言う。
……そこに、魔王の呪いが降り注いだのよね。
魔王は確かに討伐された。
けれども滅びる間際の魔王は、最後の力を振り絞り、伯父様の大切なものに呪いをかけたのだ。
そしてその呪いは、王都で待つ伯母様に降り注いだ。
けれども伯母様は妊娠中で、魔王の呪いは伯母様ではなくお腹の中にいた赤ちゃん――すなわち、ライナルト殿下の身にかかってしまったのである。
実は、この情報は、ゲームでも最後……、すなわち、隠しキャラのライナルトが出てくるまで出てこない。
隠しキャラのライナルトを攻略するには、他の全部の攻略キャラの、バッドエンドを含む全部のエンディングをクリアしなくてはならなくて、ものすごく時間がかかるのだ。
もちろんわたしも隠しキャラのライナルトまで攻略するつもりだったけれど、攻略する前に前世の生を終えてしまった。
そんなわたしが、何故隠しキャラであるライナルトの設定を知っているかというと、それはWEBの情報サイトを読み漁っていたからである。
このゲーム、設定は緩いし結構適当な部分とかもあったんだけど、難易度は結構高かったのだ。
ハッピーエンドは、あっさりクリアできる。
だが、他のノーマルエンドとバッドエンドのクリアが難しいという、意味のわからない難易度だったのである。
普通、逆じゃね? と思ったけれど、きっと製作者は意図してこの難易度にしたのだろう。
まあ、全部のエンディングをクリアしないと隠しキャラが出てこない時点で、ゲームのファンなら必死こいて全部クリアしようとするだろうからね。
その隠しキャラのライナルトであるが、実は他の攻略対象ルートでは、すべてのエンディングにおいてラスボスだった。
だが、そのラスボスがライナルトであるかどうかは、ライナルトルートに入るまでわからない。
というのも、ラスボスとしてのライナルトは、巨大な兎の形をした魔物――魔王の再来と恐れられる存在であったからだ。
何故に兎、と前世でも思ったが、きっと製作者の趣味だろう。パッケージ的な可愛さが必要だったのかもしれないし、他に理由があるのかもしれないが、まあ、とりあえず考えてもわからない謎は置いておく。
母親の胎内にいる時に魔王の呪いを受けたライナルトは、月日が経つにつれてその体が変化していった。
そして、呪いに耐え切れなくなり、暴走。ヒロインたちに討伐されるというストーリーだ。
……って、ちょっと待って。ライナルト殿下って黒い兎だよね?
昨日、それっぽいのを、わたし、拾ったと思うのですけど?
ライナルト殿下はシュティリエ国の第一王子だが、巨大な兎の魔物になった時にはロヴァルタ国にいた。
日に日に呪いに体が蝕まれていくのを感じ取っていたライナルト殿下は、このままでは自国に迷惑がかかるかもしれないと、自国から逃亡することを決意する。
そして遠くへ行こうと小さな体で必死に移動し、やっとのことでたどり着いたロヴァルタ国で限界を迎えて、暴走してしまうのだ。
ライナルトルートの情報を知った後は、もう、ラスボスの兎の魔物が出るたびに涙が溢たのを思い出す。
なんて可哀想なんだと、早くライナルトルートまでたどり着いて、ヒロインの聖女の祈りでライナルトを呪いから解放してあげたいと、心の底から思っていた。
そんなライナルトが、たぶん、王都の邸にいる。わたしの部屋の中に。
……あれ? これ、まずい状態じゃない?
たぶんライナルトは、ゲームのストーリーと同じように、城……というか塔から逃げ出そうとしたのだ。
そして、わたしに捕まったわけだが、このままにしておくと邸からも逃げ出してロヴァルタ国へ向かうかもしれない。
そうなると、待っているのはヒロイン――ラウラ・グラッツェルたちによる、討伐で。
……まっずーい‼
このままだとライナルトが殺される‼
わたしはがしっと、近くにいたお父様の腕をつかんだ。
「お父様、とっても大きな問題が発生したので、急いで帰宅し、家族会議を開きたいと思います」
「うん? どうした、突然」
そんなことよりライナルトを探すほうが先決だろうとお父様は言うが、まさかライナルトはすでにうちにいると思いますとは、この場では言えない。
……わたしは情報サイトでいろいろ調べたからライナルト設定を知っているけど、わたしがプレイするのをただ見ていただけのお父さんたちはライナルトの設定を知らないからね‼
急いで情報を共有し、この先どうするかを話し合わなくてはならないのだ。
もちろん、ライナルトを助ける方向で!
わたしの目が真剣なのを感じ取ったのか、お父様はぽりぽりと頬をかくと、お母様に声をかけた。
お父様とお母様で相談すること三分。
「お兄様、ライナルトはどこかで日向ぼっこでもしているかもしれませんし、わたくしたちはまた日を改めますわ。この部屋の清掃係なら何か知っているかもしれないので、探し回る前に訊ねてみたらいかがかしら?」
「冴えているなクレメンティーネ‼」
いやいや、清掃係の存在すら忘れていたって、伯父様どれだけパニックになっていたの?
お母様の機転でわたしたちはうまくこの場を去る許可を得られたので、急いで馬車に乗り込み、王都の邸に帰宅する。
そして、馬車を降りるなり慌ただしく飛び降りて玄関に飛び込み部屋に駆けあがったわたしのあとを、家族全員が「どうした?」「なにがあった?」と焦った様子で追いかけてきた。
わたしはバターンと令嬢にあるまじき乱暴さで部屋の扉を開けると、音にびっくりして籠の中で目をぱちくりさせているくーちゃんに駆け寄ると、腕に抱き上げてぎゅうっと抱きしめる。
……よかったあああ! まだいたー!
そして、わたしは肩で息をしているお父様たちを振り返って、言った。
「お父様お母様お兄様、たぶんくーちゃんが、ライナルト殿下です」
「「「…………」」」
三人は一様に沈黙し、
「「「ええええええええええ‼」」」
これまた示し合わせたように、叫んだ。
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