黒兎? 白兎? 2
「お父様お母様お兄様、たぶんくーちゃんが、ライナルト殿下です」
「「「ええええええええええ‼」」」
わたしが宣言すると、腕の中で硬直していたくーちゃん――ライナルト殿下が、突然激しく暴れ出した。
「え? わ! くーちゃん……じゃなくて殿下! 暴れたら落ちちゃいます! 危ないですから!」
小さな体が床に落ちたら大変だと、わたしがぎゅうっとライナルト殿下を抱く腕に力を籠めると、殿下はびくりと震えて、それから嘘のようにおとなしくなった。
わたしの胸に顔を押し付けられたような形になったので苦しかったのだろうか。
少し力を緩めてみたが、ライナルト殿下はぷるぷる震えながらも動かない。
……大人しくなったみたいだし、ま、いっか。
わたしはライナルト殿下を家令のフィリベルトに預けて、「絶対に逃がさないでね」と念押しすると、家族を引きつれてサロンへ向かった。
サロンを使ったのは、使用人たちに家族会議の内容を聞かせないためだ。
ダイニングだと人の出入りが多いから聞こえちゃうもんね。
お父様たちは不思議そうな顔をしながらわたしのあとをついてくる。
そして、メイドがお茶とお菓子を準備して下がると、わたしはさっそく、さっき思い出したゲームのライナルト設定を説明した。
「……あのゲーム、そんな裏設定があったのか!」
「確かに、ラスボスが巨大兎っておかしいとは思っていたのよね! 兎を討伐するなんてかわいそうで見ていられないわってずっと思っていたのよ! 誰よ、ラスボスを兎に設定したのは!」
「ってことはちょっと待て、このままだとあの兎……じゃなかった、ライナルト殿下は巨大化して暴れ出すってことか?」
お父様、お母様、お兄様の順番でわーわー騒ぎ出したので、わたしは「すとーっぷ!」とちょっと大きな声を上げて三人を止める。
「とにかく、このままライナルト殿下をロヴァルタ国へ行かせちゃうと、ラウラとかマリウス殿下に討伐されちゃうんで、わたしとしては却下です!」
「それはそうだが、でも、ヴィルが情報サイトで読んだのが正しければ、ライナルトの呪いは聖女でないと解けないんだろう?」
お父様が正論をぶち込んできたが、じゃあロヴァルタ国へライナルトを行かせたら、ラウラが聖女に覚醒して聖女パワーで呪いを解いてくれる保証があるのかというとそうではない。
ラウラが聖女に覚醒するのは、各キャラのハッピーエンドでのみだ。
それ以外は聖女に覚醒せず、ノーマルエンドではラスボスを国外に退け、他国の人間が無事に魔王を討伐しましたとエンディングで解説が出て終わる。
バッドエンドはラスボスによってヒロインたちが全滅して終わりだ。
つまり、単純計算で、聖女に覚醒する確率は三分の一。
さらに、聖女に覚醒してもラスボスを討伐せずに、ライナルトルートに突入してライナルトを救うためには、全キャラ攻略という超難易度だ。ここが現実であることを考えると、「全キャラ、全ルートを攻略する」というのは不可能である。
そのため、その条件なしでライナルトが救われる方法があるはずだとは思うけれど、ラウラの聖女覚醒にかけるのは非常にリスクが高い。
……だって、マリウス殿下から婚約破棄の手紙が届いた時点で、最初のマリウスルートに突入しているはずだもんね。
そこから枝分かれして他の攻略キャラの誰かとラウラが恋に落ちる可能性はまだ残されているが、ライナルトルートはこれで潰えたと考えていいのだ。
何故ならライナルトルートは、ラウラがマリウスルートに突入する前に黒い兎を拾うところからスタートすると攻略サイトにはあったからである。
黒い兎、すなわちライナルト殿下はここにいる。
そしてわたしことヴィルヘルミーネへマリウス殿下から婚約破棄を告げる手紙が届いているため、ラウラはマリウス殿下と心を通わせている状態である。
よって、ライナルトルートは、発生しない。
……ここは現実でゲームじゃないから、ゲームのストーリー通りとはいかないかもしれないけど、この状態でラウラに託すのは危険極まりないわ。
わたしたちが断罪回避で国外逃亡した時点でストーリー通りに進まないのはわかっているけれど、じゃあライナルトがラウラに救われるのかと言われれば、わからない。
わからないのに賭けに出るのは、あまりにもリスクが大きい。だって賭けに負けたらライナルト殿下、討伐されるかもしれないし。
討伐、ノー‼
この可哀想なライナルト殿下は、何としても救ってあげたい!
「方法はまだ思いついてないけど、ライナルト殿下はロヴァルタ国へ行かせません!」
「わたくしとしても可愛い甥っ子が討伐されるなんて嫌だからその意見には賛成するわ。……というか、あんなに可愛い兎ちゃんを討伐するなんて、この世界を創った製作者は鬼かしら? 悪魔かしら? 兎に何か恨みでもあるのかしら?」
まったくその通りなので、わたしはうんうんと頷いておいた。
動物大好きなお兄様も、真剣な顔で首肯している。
「よし、このゲームの設定を考えた製作者の魔の手から、くーちゃん……ライナルト殿下を救うぞー!」
「「「おー!」」」
わたしたちの中で、打倒製作者、みたいな図式が出来上がる。
まあ、ここが乙女ゲームの世界を元にした現実世界である以上、打倒すべき製作者はいないんだけど、この際どうでもいい。
重要なのは、ライナルト殿下をロヴァルタ国へ向かわせず、何としてもその呪いと解くという方向性で家族の意見が一致したことだ。
「お母様、伯父様にはどうやって説明したらいいかしら?」
「そうねえ……」
邸にライナルト殿下がいるかもしれないと伝えると、すぐに連れ戻そうとされる可能性があったので、あの場では伯父様には告げていない。
呪いを解く方法は思いついていないけれど、また塔の中に閉じ込められちゃったら、呪いを解こうにも解けないもんね。そしてまた、「国に迷惑はかけられない」とライナルト殿下が脱走を図るかもしれない。ロヴァルタ国へ向かわせないためにも、目に届く範囲にライナルト殿下を置いておきたいのだ。
「でも、黙っておくとお兄様のことだから捜索隊を派遣しそうよ。そうなるとライナルトを隠すのが面倒くさ……じゃなくて、捜索に当てられる騎士たちも無駄骨で可哀想だから、ライナルトを保護していることは伝えておいた方がいいわよね」
お母様、今、ぽろっと本音が出てたわよ。
だが、お母様が言うことも一理ある。
何より取り乱すほどに心配していた伯父様と伯母様、ディートヘルム殿下を思うと、ライナルト殿下の無事を教えて安心させてあげたい。
たぶん、ライナルト殿下を塔に閉じ込めていたのも、あの姿を極力人目につけないようにしていただけで、本意ではなかったのだろうし、さっきの様子からもライナルト殿下をものすごく大切にしていると言うのは伝わって来た。
大切にされているからこそ、ライナルト殿下も、国に迷惑をかけたくないからと逃げる決意をしたのだろうし。
「うーん、お兄様にはわたくしからうまく言っておくわ。お城と違ってここなら多くの人の目につくわけでもないし、塔の中にずっと閉じ込めておくより気分転換ができていいでしょうと言えば、案外納得するかもしれないもの」
重要なのはライナルト殿下を閉じ込めることではなく、人目に触れさせないことなのだろうから、問題ないはずだとお母様は言った。
伯父様なら、お母様の言う通り、あっさり許可してくれる気もする。
「じゃあとりあえず、パパは明日からこの国の魔術師団にでも行って、呪いに関する手掛かりがないか探してくるよ。知り合いもたくさんいるし、それに、仕事しないと生活費に困ることになりそうだからねえ」
「そうねえ、わたくしも白魔術師団に行ってくるわ。情報収集ついでに、いいお仕事があったら教えてもらおうかしらね」
その言葉に、わたしはハッと思い出した。
そう、お金を稼がなくてはならないのだ!
「お父様お母様、この世界で手っ取り早くお金を稼ぐ方法って何があると思う?」
すると、お父様とお母様は顔を見合わせて、異口同音につぶやいた。
「「それは……魔術具開発じゃない?」」
魔術具とは、魔術式と魔石を組み込んで作った道具である。
ここに来るときに使った船にも動力源として組み込まれていた。
魔術具を開発すると、それが普及すればするほど作った人間にお金が入る仕組みだそうだ。前世で言うところの特許のようなものである。
魔石は宝石と一緒で、鉱山や地下から取れる。
魔石は動物などの死骸が長い年月をかけて変化したものらしく、よくあるファンタジーゲームや小説のように、魔物たちの体内から取り出されるものではない。だってこの世界、魔人はいても魔物なんていないし。
しかも魔人の大半は人類と共存派だから脅威じゃないし、数も少ないし。
魔物とはいえ動物を殺して魔石を取るなんて残酷な設定がなくてよかったわよ。それだけはこのゲームの制作者に感謝してもいいわよね。まさかゲームの世界に転生するとは思っていなかったけど、もし魔物を殺して魔石を取るのが常時運転の世界だったら、わたしは泣いてたね。そんなことしたくないもんね。
そんな魔石だが、宝石と一緒で市場で売られているので、まあ、それなりに値は張るが、購入可能だ。なので、魔術具開発をしようと思えばどこでもできる。
もっと言えば、フェルゼンシュタイン公爵領には魔石鉱山があって、シュティリエ国に来るときにお父様が箱に詰めれるだけ詰めて持ってきていたはずだから、積みあがっている箱のどこかに紛れているはずだ。
……なるほどー、魔術具開発か。
わたしはちらっとお兄様を見た。
お兄様は前世で機械工学系の大学に進み、機械オタクだった。
家族全員のパソコンを自作するのは当たり前、買ってきた家電も勝手に改良するし、壊れたらあっという間に直しちゃうし、ボードの性能がとか、パソコンの速度を上げるために何とかメモリを入れるといいとか、よくわからない呪文のようなことをぶつぶつつぶやく以外には尊敬できた。
……たぶんおにーちゃんが前世でモテなかったのは、このオタク気質な部分もあったんではなかろうか。
わたしの視線を受け止めたお兄様が、前世の趣味を思い出したのか、きらんと目を光らせる。
「よし、やってみよう!」
お兄様がやる気になったみたいなので、お金儲けはとりあえず任せておけばいいだろう。
明日から、お父様は魔術師団で情報収集。
お母様は伯父様の説得と、白魔術師団で情報収集。
お兄様は魔術具作り。
じゃあわたしは何をすればいいかしらと考えていると、三人が三人とも同じことを言った。
「ヴィルはライナルト殿下の見張りだな」
「そうね、ヴィルが拾ったんだから、ヴィルはライナルトのお世話よね」
「うん、そうだね、ライナルトが逃げようとしないように、ずっとそばに張り付いておくんだよ」
それだと、ただ単にいちにち可愛い兎といちゃいちゃして過ごせとしか聞こえないが、わたし的には全然問題ないので大きく頷いた。
「じゃあ、わたしはライナルト殿下係ということで!」
こうして、ライナルト殿下を助けよう家族会議は終了した。
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