第一王子ライナルトの秘密 1

 翌日の昼過ぎ、わたしたち一家は迎えの馬車に乗って城へ向かった。


 王太子教育とかでわたしは城を見慣れているけど、シュティリエ国の城はロヴァルタ国の城とまた違った趣がある。

 ロヴァルタ国の城は女性的で優美な感じだったけど、シュティリエ国の城は質実剛健って感じ。無駄な装飾を省いた、どーんと迫力のあるお城だった。


 城から少し離れた場所には、これまた飾り気のない円柱の塔が建っている。

 かつて見張りに使っていた塔なのかもしれないが、今は周囲に縄が張り巡らされていて、見るからに立ち入り禁止っぽかった。


 馬車を降りて、扇状に広がっている階段を上って玄関をくぐる。

 宰相補佐官だと言う四十代ほどのひょろりとした男性が玄関前で待っていた。

 宰相補佐官は外見的特徴のあまりない、何というか人混みに埋もれそうな平凡的な外見の男性で、お兄様がそんな彼の顔をしみじみと見つめている。


 あ、あれね。

 俺も昔はあんなだったな~とか思っているのね。

 でも、そのかつての仲間を見るような目はやめた方がいいと思うわよ。宰相補佐官さんが戸惑っているじゃないの。


 宰相補佐官に案内されて、わたしたちは伯父様の待つサロンへ向かう。

 謁見室だと気を使うだろうからと、顔合わせの場所はサロンにしてくれたらしい。伯父様、気配りのできる大人って素敵だと思います!

 サロンに入ると、そこにはシュティリエ国王夫妻と、王子とみられるわたしと同じ年くらいの青年が一人。


 ……あれが第二王子かしら? 第一王子は、いなさそうね。


 問題があって王太子になれないと言うくらいだ、第一王子ライナルトはもしかして病弱なのだろうか。


「お兄様、お義姉様、お久しぶり!」


 嫁いでから実家に帰っていなかったお母様が、華やいだ声を上げてシュティリエ王妃と抱擁を交わしている。うん。仲がいいみたい。


「クレメンティーネ、元気そうだな。お前と来たらちっとも里帰りしないから心配していたんだぞ」

「いくら何でも海を挟んだ隣の国に簡単に里帰りなんてできないわよぅ」


 お母様が口をとがらせて文句を言う。

 うん、まあ、そうだよね。

 ロヴァルタ国とシュティリエ国は海を挟んだ隣の国だけど、それほど行き来のある国ではない。貿易も、申し訳程度にちょろっとしているくらいの関係で、いわば、ほとんど付き合いのないお隣さんだ。

 同盟国でも友好国でもない隣国に、いくら祖国だからと言って公爵夫人が出入りしていたら、いらぬ勘ぐりをされるかもしれないので、お母様はよほどのことがない限り祖国には帰らないと決めて嫁いで来たらしい。

 こんな形で帰ることになろうとは、昔は誰も想像もしていなかったでしょうね。


 ちなみに、お父様とお母様は恋愛結婚だ。

 前世の記憶を思い出す前から、前世の夫婦が出会って恋に落ちるってロマンチックだと思うが、それが自分の両親だと思うとちょっと複雑なものがある。


 親のロマンスなんて聞きたくもないからねー。

 ただ、聞きたくはないが、お父様が嬉々として話すので、なんとなくは理解している。


 なんでも、シュティリエ国に魔王が誕生したという情報を聞きつけたお父様が、「魔王討伐に行くぞー!」と張り切って、おじい様が止めるのも聞かずに国を飛び出して行ったらしい。

 お父様は当時飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していた魔術師で、自分の実力を試す絶好の機会だと考えたそうなのだ。


 公爵家の跡取りが何やってんだよ、って感じである。


 そして、同じく魔王討伐を決意した兄の補佐を買って出たお母様と出会い、恋に落ち、さくっと求婚。魔王討伐が成功したら結婚しようね、とおじい様の了承も取らずに婚約し、当時のシュティリエ国王の許可をもぎ取ってそのまま連れ帰ってしまったのだそうだ。


 びっくりである。

 お父様もお父様だが、お母様は一国の姫だったのだ。


 なんだその軽いノリは、ありなのか、と愕然としたけれど、うん、ここは元がゲームの世界。

 ありなのだ。きっとそういう設定で作られているのだから。

 深くは考えてはいけない。

 なんたって、未来の国王が剣を握り締めて魔王討伐に行っちゃうような世界なのだから。


 満足するまで再会を喜び合っていたお母様は、しばらくするとシュティリエ王妃との抱擁を解き、わたしたちを紹介した。


「夫のアロゼルムは紹介する必要はないわよね。息子のカールハインツと、娘のヴィルヘルミーネよ。ヴィルヘルミーネはディートヘルムと同じ年かしら?」


 第二王子はディートヘルムという名前らしい。うん、ライナルトと違って、ディートヘルムという名前には聞き覚えがない。

 柔和そうな顔立ちのイケメン王子ディートヘルムは、にこりと微笑んで優雅に一礼した。


「はじめまして、第二王子のディートヘルムです」


 うわー、なんて礼儀正しい王子様だろう。

 うちの元婚約者マリウス殿下とは大違いだ。


 ……マリウス殿下ってば、顔を合わすたびに嫌そうな眉を寄せて、わたしに「可愛げがない」「目つきが悪い」と文句ばかり言ってたもんな。ま、悪役令嬢と婚約破棄予定の王子の関係性としては不思議でも何でもないのかもしれないけどさ。でも、あの当時はイラっとしたものよ。


 だいたいさー、国で一番権力を持っている公爵家の令嬢で、なおかつ隣国の王家の血を引いていて、おじい様が王弟だったという理由で、ロヴァルタ王家の方がわたしをマリウス殿下の婚約者に望んだわけじゃない?

 王家から望まれたらこっちには拒否権なんてないんだから、せめて表情を取り繕って少しくらい歩み寄ろうとは思わなかったのかしらねあの王子は。


 ヒロインだけに甘くて、他の女性には冷たいって言うのは、ゲームではプレイヤーの女の子たちをキャーキャー言わせる要素の一つかもしれないけど、現実でそんなことをされたら「なにこいつ、愛想の一つも浮かべられないのかよ」ってなるわけよ。


 実際わたしも、「うわー、なにこいつ」って思ったもんね。

 前世のわたし、なんでこいつがテレビ画面で微笑むたびにキャーキャー言ってたんだろうって、本当に不思議に思ったもんね。

 百年の恋も冷めるってもんよ。百年も生きてないけどさ。


 いやー、比較対象になるのが最低な男しかいないと、性格のよさそうなディートヘルム王子が輝いて見えるね。後光がさして見えるよ。王子はこうあるべきでしょう。乙女の夢を壊さないためにさあ。


「ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインです。お会いできて光栄です、ディートヘルム殿下」


 どうせ婚約するならこっちの王子がよかったと心の中で嘆きながら、わたしはにこりと微笑む。

 わたしの横でお兄様も挨拶をして、シュティリエ王妃様に「まあ、びっくりするほど端正な顔立ちの子ね」と言われて、にこにこと輝かんばかりの笑顔をサービスしていた。うん。顔を褒められて有頂天になっているわね、お兄様。どうせ「イケメンに生まれ変わってよかった~」とか思ってるんでしょ? 残念すぎるわ。


 でも、ヴィルヘルミーネもかなり美人な顔立ちのはずなのに、お兄様と並ぶと必ずと言っていいほどお兄様の容姿だけが褒められるのは何故なんだろう。やはりこのちょっとキツそうな顔立ちがいけないのか? それともこのきっつい縦ロールが原因か? 美人だけどキツそうって、よく言われるもんね、わたし。

 その点、お兄様は正統派の王子様的外見だから、百人が百人見てもイケメンだと判断される。うらやましい顔だ。


 挨拶もすませたところで、席についてティータイムスタートだ。

 話題はまず、どうしてわたしたち一家がロヴァルタ国を出奔することになったか、である。

 お母様が手紙でざっくりとは説明していたみたいだけど、伯父様はより詳細な内容が知りたいみたい。

 さすがに一家全員が異世界転生者でこのままだったら破滅するのがわかっているから逃げてきました、とは言えないので、そのあたりをうまくごまかしながら説明しなければならないのだが――そんなまどろっこしいことは苦手なので、説明は全部お父様とお母様に丸投げした。


 わたしはただ、にこにこ微笑みながらお茶を飲んでお菓子を食べる。

 お父様とお母様の説明に耳を傾けていると、最終的に「ロヴァルタ国のマリウス王太子が、うちの娘という婚約者がありながらラウラ・グラッツェルという子爵令嬢に腑抜けにされて婚約破棄を宣言してきたので、腹が立ったから国を捨ててきた」という説明に落ち着いたようだ。


 ま、嘘じゃないからね。

 腹が立ったから国を出たと言うよりは破滅の危険を回避するために国を出たんだけど、まあ、腹が立っていたのも本当だし。


 お父様とお母様の説明を聞いた伯父様と伯母様は、目を大きく見開いて、それから怒りをあらわにした。


「何という不誠実な男だ! 見損なったぞ! まあ会ったことはないんだが」

「本当ね、信じられないわ。ディートヘルム、あなたは婚約者に対してそんな不誠実なことをしてはダメよ」


 この一言で、ディートヘルム殿下には婚約者がいることが判明した。

 まあ、王太子だもんね。婚約者くらい、決められてるよね。


 別に、残念だなーとか思ってないよ?


 まあ、マリウス殿下に比べたら月とスッポンのディートヘルム殿下(もちろんスッポンはマリウス殿下)が婚約者だったらよかったな~ってちらっとは思ったけど、別に狙ってたわけじゃないからね!


 わたしの周りには性悪イケメン(マリウス殿下)と、残念イケメン(お兄様)ばっかりだったから、文句のつけようのないイケメンに、ちょっと、ほんのちょっとだけときめいちゃっただけなんだからね!


 伯父様と伯母様は、もう二度とロヴァルタ国に帰らなくていいよと、同情めいた視線をわたしに向けてきたので、わたしはやっぱり笑顔を返しておいた。

 めっちゃ同情されてるけど、傷ついてないんだよね、これが。

 こうなることは予測済みだったし、会ったときから性格の悪かったマリウス殿下である。好きになる要素はこれっぽっちもなかったのだ。


 ……あいつがいいのは顔だけだったからねー。


 悲しいかな、わたしは身をもって二次元と三次元の違いを思い知ったのだ。

 顔だけできゃーきゃー言えるのは二次元まで。

 三次元になったら中身も重要。絶対に!


 ディートヘルム殿下までわたしに同情の視線を向けてきたので、わたしはだんだん居心地が悪くなってきた。

 傷ついているんだね、うん、わかっているよ、という顔をされても、傷ついていないわたしはどうしたらいいのだろうか。

 わたしがよくわからない罪悪感にさいなまれそうになっていると、見かねたお母様が助け舟を出してくれた。


「そう言えばお兄様、その……、ライナルトは、あれからどうなのかしら?」


 ライナルト殿下の名前が出た途端、ピリッとサロンの空気が凍った。

 伯父様は痛みを我慢するようにぎゅっと目をつむり、伯母様は悲しそうに目を伏せる。

 ディートヘルム殿下は、きゅっと口を引き結ぶと、父親の方を向いた。


「父上、叔母上もいらっしゃるのです。いつまでも隠しておけないでしょう?」

「…………そう、だな」


 長い沈黙の後で、伯父様が息を吐き出しながら首肯した。


「クレメンティーネ、アロゼルム……。それから、カールハインツとヴィルヘルミーネも、場所を移動したい。ついて来てくれるか?」


 先ほどまでの気楽な雰囲気が一転。


 重々しい口調で立ち上がった伯父様は、伯母様の背中に手を添えると、ゆっくりと部屋の出口に向かって歩き出した。




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