第一王子ライナルトの秘密 2
城を出て、連れてこられたのは敷地内にある円柱状の塔だった。
塔の周りには幾重にも縄が張り巡らされていて、入り口に一人、見張りのためだろうか、兵士が立っている。
わたしたちが伯父様とともに塔の入口へ向かうと、兵士がぴしっと背筋を正して敬礼した。
伯父様が軽く手を上げてそれに応え、当の入り口の鍵をあけさせる。
中に入ったところで、お母様が咎めるような視線を伯父様へ向けた。
「お兄様、まさかライナルトをこんなところに閉じ込めているんですか?」
え⁉
何故ここへ向かったのだろうと思っていたが、お母様の一言でわたしも、それからお父様もお兄様も表情をこわばらせた。
第一王子を、こんな塔の中に閉じ込めている?
え? 病弱なんじゃないの?
こんなところに閉じ込めて、大丈夫なの?
それとも、こんなところに閉じ込めないといけないほど、人に移るような深刻な病気なの?
伯父様は壁に沿って螺旋状に続く塔の階段をのぼりながら、お母様をちらりと振り返った。
「もう、城では隠しきれなくなったんだ。……私も妃も、苦渋の決断だった」
ぎゅうっとしかめられた顔から、ライナルト殿下をこの塔に追いやったことがいかに苦しい決断だったのかが伝わって来た。
……そんなに危険な病気なのね。
可愛そうに、と思いかけて、それからはたとわたしは首をひねる。
塔に閉じ込めないといけないような病人に会いに行くのに、伯父様も伯母様もディートヘルム殿下もわたしたちも、マスクすらつけていないけど、大丈夫なのかしら?
あれ? 病気だと思ってたけど病気じゃないのかしら?
だったらなぜ、ライナルト殿下はこんな塔に閉じ込められないといけないのかしら?
わたしの頭の中にはたくさんの疑問符が浮かんでくるけれど、お母様とお父様は理由を理解しているような顔をしていた。
お母様とお父様が騒ぎ立てないと言うことは、息子を塔に閉じ込めた伯父様の行動にも、それなりのやむを得ない理由があると言うことで間違いないわよね。
今日会ったばっかりだけど、人を驚かせて楽しむようなちょっとお茶目で優しい伯父様が、実の息子を虐待するとは思えない。
表情からも辛そうなのは伝わってくるので、これはよっぽどのことなのだ。
わたしはちらりとお兄様を見上げた。
お兄様も深刻な状況を理解しているのか、いつになく真剣な顔をしている。
階段をえっちらおっちら上りながら、わたしたちの間には重たい沈黙が落ちていた。
……ところで。
えっと、この深刻な状況でこんなことを思うのは、少々不躾かもしれませんけれども。
この階段、もしかしててっぺんまで登るのかしら?
ちらっと上を見て、わたしはたらっと冷や汗をかく。
王妃様もお母様も平然と登っているけど、結構高い塔ですよ?
だんだん、太ももの当たりがぷるぷるしてきたんですけど、まだまだ先は長い。
このあたりのどこかの部屋に、ライナルト殿下、いませんかね?
やっぱりてっぺんがお約束なんですかね?
とてもではないが、足が疲れましたとか、もう歩けませんとか、言える雰囲気ではない。
ここは何とか頑張って最後までついて行かなくてはなるまいと気合を入れなおしていると、お父様がふと足を止めた。
「ねえ、魔術使わない?」
お父様の一言に、全員がぴたりと足を止める。
うん、誰も口に出さなかったけど、階段上るの、つらかったんですね。
お父様の一言に全員無言で同意するくらい、つらかったんですね。
伯父様がわざとらしくこほんと咳ばらいをして、しかつめらしい表情を作ると「あー、アロゼルム、頼めるか」と言う。
お父様は微苦笑を浮かべると、手首を軽く振って準備運動をした。
そして珍しく真面目な顔になると、空中に人差し指で魔法陣のようなものを描く。
本当は杖を使った方がいいらしいのだが、お父様は魔術師を引退してしばらく大規模な魔術は使っていなかったから、杖はフェルゼンシュタイン領から運んで来た荷物のどこかに紛れ込んでいてまだ出していないのだそうだ。
「じゃあ、一気に上まで行くよ。――風よ」
お父様が魔術を使った瞬間、わたしたちの体がふわりと宙に浮く。
わたしも魔力があるし魔術が使えるけど、こうして体を宙に浮かせることはできない。
浮遊魔術って、かなり高度な魔術で、しかもそれを自分以外にかけるのはもっと難しい。
……お父様、すごかったのね! ただのんびりした顔でお茶をすすっている暇人公爵じゃあ、なかったのね!
公爵家を継ぐと同時に魔術師を引退したお父様が、簡単な魔術を使うところは見たことはあっても、高度な魔術を使うところは一度も見たことがなかった。
うわ。感動だ。
特に前世のお父さんを思い出すから余計に感動だ。
日曜日にごろごろ寝て過ごして、夜になって「明日仕事行きたくないなー」と毎週のようにサ〇エさん症候群を発症していたお父さんが、転生してイケメンになってすっごい魔術を使ってる。
ふわりと宙に浮いたわたしたちの体は、塔の吹き抜けをぐんぐんと上に昇って行って、あっという間に最上階に到達した。
伯父様が最上階の部屋の扉を、コンコンとノックする。
「ライナルト、入ってもいいか?」
中に向けて問いかけるも、中からは返答がない。
伯父様は少しの間待って、もう一度ノックすると、そーっと扉を押し開けた。
部屋の中はそこそこ広かった。
転倒防止のために鉄柵はしてあるが、窓からは燦々と夏の日差しが降り注いでいる。
だが、空調の魔術具が備え付けられているようで、部屋の中は暑くもなく寒くもなくちょうどいい室温だった。
清潔なベッドに、たくさんの本が詰まった本棚。
床も家具もピカピカで、こまめに掃除されているのがよくわかる。
……よかった。閉じ込められているとはいっても、ひどい扱いを受けているわけではないのね。
伯父様に限ってそんなことはないと思っていたけれど、部屋の中が綺麗でわたしはふと安堵を覚えた。
顔も知らない、閉じ込められて過ごしている従兄が、つらい生活を送っていたらどうしようと不安だったのだ。
きょろきょろと部屋の中を見渡したわたしは、ソファ前のローテーブルの上に、こんもりとリンゴが積んであるのを見つけた。
……何故にリンゴ? しかもこんなにたくさん。
「ライナルトー?」
伯父様が部屋の中を探しながら、ライナルト殿下の名前を呼んでいる。
この部屋の主であるライナルト殿下の姿がどこにもないのだ。
……でもね伯父様。いくら何でも、成人している男性が、ベッドの下とか本棚の陰とか机の下とかにはいないと思うわよ。というか入らないでしょ。
国王陛下が這いつくばって、まるでいなくなったペットを探すように机の下に頭を突っ込んでいる。
何してるんだろうと思っていたら、王妃様まで同じようなことをしはじめた。
って、ディートヘルム殿下まで⁉
この三人、もしかしてふざけているのかしら。
ぱちぱちと目をしばたたきながらそんな三人を見つめていると、しばらくして、伯父様が顔を上げた。
「……いない」
そして、絶望に満ちた声で、一言。
いないってそりゃあ、見ればわかりますよ。
この部屋にいないんだから、どこか別の部屋にでも行っているんじゃないですかね?
と何を当たり前なことを言っているんだと、こてんと首をひねったわたしの目の前で、伯父様と伯母様、そしてディートヘルム殿下が、真っ青になって騒ぎ出した。
「「ライナルトが」」
「兄上が!」
「「「いない――‼」」」
……はて、これは一体何の茶番だろう?
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