聖女の実力 5

「丁重に、お断りします‼」

「ちょっとどういうことですか殿下ぁ!」


 わたしが断る声にかぶせるように、マリウス殿下の隣でラウラが甲高い声を上げた。

 それまで指先で髪をいじりながら興味なさそうにしていたラウラが、顔を真っ赤にして立ち上がる。


「殿下ぁ、婚約者は、わたしでしょう⁉」


 甘えたようにマリウス殿下にすり寄るラウラに、マリウス殿下は困った顔をしつつもその手を張りのけた。


「ラウラ、すまないが少し黙っていてほしい。これは政治の話だ」

「でも、次期王妃って」

「それについても、後で説明するから」


 ラウラはぷくうっと頬を膨らませて、わたしをギッと睨みつけた後、椅子に座りなおしてつーんとそっぽを向いた。

 注目を集める王族席に座っておいてその態度はまずいのではないかと思うが、まあ、わたしには関係のないことよね。

 ライナルト殿下が表情を強張らせて、ロヴァルタ国王に向かって抗議する。


「陛下、私とヴィルヘルミーネの婚約を却下とは、どういう意味でしょうか?」


 見上げたライナルト殿下が、見たこともないくらいに怖い顔をしていた。


 ……不謹慎かもしれないけどけど、怒ったライナルト殿下の顔も素敵!


 ライナルト殿下は、抱っこしていた兎をわたしに託すと、一歩前に出る。


「先ほど、私たちの婚約をお認めになられると、そうおっしゃいましたよね? シュティリエ国の父からも、事前に連絡があったと思いますが」


 伯父様は事前に、ライナルト殿下を私を向かわせるから、婚約の承認をお願いしたいという旨の書状をロヴァルタ国王陛下に送っていた。

 そして先ほど、わたしたちの婚約を認めるという発言をしたばかりだった。

 正式な書類はまだ整っていないが、公の場で認めると発言したのだから、舌の根も乾かないうちにそれを撤回するのは、王としてはあまりにも無責任な行動だ。


 ロヴァルタ国王陛下を睨むライナルト殿下に、陛下はうっと一瞬言葉に詰まって、そして言った。


「せ、聖女は、そう簡単に国外には出せぬ」

「ヴィルヘルミーネが聖女だと我が国で認められたことは、事前に報告していました。本日奏上したことではありません。聖女だとわかっていて、陛下は私たちの婚約を認めると発言されたはずですよね」


 ライナルト殿下が、また一歩前に出る。


「私としては、あまり強引な手は使いたくありませんが、先ほどヴィルヘルミーネを見世物にしたことも含め、場合によっては我が国から正式に抗議させていただく必要があるかもしれませんね」

「し、しかし聖女は――」

「聖女ならそこにもう一人いらっしゃるではないですか? 二人も抱えずとも、すでにマリウス王太子殿下と婚約もなさっているようですし、充分では?」

「い、いや、だが……」


 陛下がしどろもどろになっている。国王がそんな風に狼狽えていいものかしら。


「第一、ヴィルヘルミーネとマリウス殿下との婚約は、マリウス殿下の方から破棄されたと、そう聞いておりますが、今更都合がよすぎやしませんか?」

「あ、あのときはヴィルヘルミーネが聖女だとわかっていなかったのだ」


 陛下がおろおろと視線を彷徨わせる。

 マリウスが、一歩前に出た。


「婚約の解消についてだが、よくある男女のすれ違いです。いろいろな誤解により一度は解消しましたが、再び婚約を結びなおすことに、問題などないでしょう?」


 いや、問題大ありだ。

 だって、わたしが嫌だから‼


 わたしは兎を抱えたまま、ライナルト殿下の隣に並ぶ。


「先ほど、はっきりと聞こえていなかったのかもしれないので再度申し上げますね。わたしは、殿下の妃にはなりません。なりたくもありません。丁重に、お断りいたします」

「無礼だぞヴィルヘルミーネ‼」


 マリウス殿下が眉を吊り上げて怒鳴った。

 表情を取り繕って一生懸命微笑んでいたみたいだけど、本性を現したみたいね。


 こんな性悪王子と結婚なんて、死んでもお断りよ‼


 穏便に済ませようと思っていたけど、そっちがその気ならこっちだって考えがあるもんね。

 この国で一番権力を持ってる公爵家の力、舐めるなよ!

 これまではマリウス殿下の婚約者だったし、諦めてもいたからたいして反抗しなかったけど、今のわたしににはこの国で失うものなんてない。

 どんな手段を用いてでも、わたしはライオネル殿下と結婚したいのだ‼


 わたしはマリウス殿下と睨み合う。

 ライナルト殿下もわたしの肩に腕を回して、応戦する気満々だ。

 お母様も「うふふ」と笑いながら手をぽきぽき鳴らしている。

 お父様はそんなお母様へ「あんまり暴れるなよ」と言いつつ、準備運動とばかりに手首を振っている。


 分が悪いと判断したのか陛下は及び腰だが、わたしを睨んでいるマリウス殿下は引く様子はない。


「この国の公爵令嬢である以上、聖女であるヴィルヘルミーネがこの国に残るのは義務である!」


 などと好き勝手なことを言い出した。

 カチン、と来たわたしが反論しようとした、そのときだった。


「この国の公爵令嬢でなければ何ら問題ないわけですな」


 わたしの背後から、ひくーい声がした。

 振り返ると、おじい様がわたしたちの前にゆっくりと前に歩み出てくる。


「この場で進めるのではなく、後日穏便に話し合いの場を儲けようと思っておりましたが、そちらがその気であるならこちらも譲歩する必要はありませんでしょうな、陛下」


 ことさらゆっくりと、けれども冷たい声で話すおじい様に、陛下が「待て!」と焦った声を出した。

 どうしたんだろうと、わたしはライナルト殿下と顔を見合わせて首をひねる。

 青ざめる国王陛下と、首をひねるわたしたちの前で、おじい様は朗々と響く声で、こう宣言した。


「ロヴァルタ国王との契約に基づき、我がフェルゼンシュタイン公爵領は、フェルゼンシュタイン国として独立することを、ここに宣言する!」


 ええええええええええ⁉




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