うさ耳殿下と町デート 2

「は? いやいやお母様何言ってるの? 聖女? あるわけないから! だいたいお母様も知ってるでしょ? 聖女は、ほら、ね?」


 聖女に覚醒するのはラウラである。


 ……前世のわたしがリビングでゲームのコントローラーを握りしめていたのをずっと見ていたお母さんなら、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢で、ヒロインのラウラが聖女だって知っているでしょ⁉


 それなのに、お母様はゆっくりと首を横に振った。


「わたくしもまさかねーとは思ったんだけど、間違いないと思うわよ。本人も無自覚みたいだけど、この子、浄化の力が使えているみたいだもの」


 お母様が最初におかしいなと思ったのは、ライナルト殿下のしっぽが白く変色したときだと言う。

 ライナルト殿下が黒い兎だったのは、呪いのせいで黒く変色していただけらしい。ライナルト殿下を黒く染めていたのは穢れの一種で、わたしは白髪になったと慌てていたけれど、そうではなく、穢れが浄化されて白くなっていたというのだ。


 ただ、お母様もそのときは確証までは持てなかったから、しばらくライナルト殿下がどう変化するか様子を見ることにしたのだと言う。

 すると、ライナルト殿下はどんどん黒い兎から白い兎に変化していって、ついに完全ではないが人の姿に戻った。


 魔王の呪いは、白魔術では解けない。

 聖女の浄化の力でなければ、呪いの影響を後退させることも解くこともできないため、お母様はわたしが聖女だと確信したそうだ。


 ……いやいや、でもね?


 わたしはこの世界の元となったゲームを知っている。

 聖女は、ラウラのはずなのだ。

 だと言うのに、お母様はまた首を横に振って続けた。


「聖女は、白魔術が使える女性の中から稀に現れる存在よ。誰がその資格を得るのかは、得るまでわからないの」

「でも……」


 わたしがさらに反論しようとすると、お母様はわたしの耳元に口を近づけてささやくように言った。


「よく思い出しなさい。ゲームでも、ラウラが聖女になるのはハッピーエンドのときだけでしょ。確実に聖女に覚醒したわけではないわ。つまり、ラウラが聖女にならなかったら、他の誰がなったっておかしくないのよ」


 言われてみれば確かに、ラウラが聖女に覚醒するのは、ハッピーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドのうちのハッピーエンドのみ。つまり確率にして三分の一だ。

 聖女は数十年に一人の割合で誕生するようなので、ラウラが聖女に覚醒しなければ、他の誰かが聖女に覚醒しても、不思議ではない。


 ……ってことは待って。この時点でラウラのハッピーエンドは潰えたってこと?


 いや、というより、ライナルト殿下の呪いが解けた(完全ではないけど)時点で、ラスボスが消えたから、ゲームのストーリーは消えちゃったわ。

 となると、わたしが聖女に覚醒すると言うイレギュラーが発生したことも、ゲームのストーリーが消えた時点で可能性としてはあり得る……のか?


「聖女って言われても、ピンとこないけど」


 わたしはつい自分の手を見つめて、にぎにぎしてみる。


「今は無自覚に力を垂れ流しているような状態だから気が付かないのかもしれないけど、力をコントロールする訓練をすれば、わかるようになるんじゃないかしら?」


 そういうものなのだろうか。

 というか、わーぉ。昨日の夜、バスルームでギーゼラが「お嬢様も資格はお持ちなんじゃないですか?」と言ったけど、本当になっちゃったよ。ギーゼラ、すごいね! 予言者も真っ青!


 なるほどそっかーとわたしが納得しようと試みていると、沈黙していた伯父様や伯母様、ディートヘルム殿下が、突然「わあ!」とか「きゃあ!」とか奇声を発しはじめた。


「聖女⁉ 聖女だと⁉ 私の姪っ子が、聖女‼」

「まあ、なんてことかしら! 呪われた王子の呪いを解く聖女‼ おとぎ話みたいで素敵だわ‼」

「これもう兄上とヴィルヘルミーネに結婚してもらうしかないんじゃないですか⁉ だって聖女ですよ⁉ あんな無礼な国に聖女を返せないでしょう⁉」


 三人が三人とも言いたいことを能天気に言っているように聞こえたが、聞き逃せない一言がありましたよ。


 ……わたしとライナルト殿下が、結婚⁉


 びっくりするところへ話が飛躍して、わたしはつい目を点にしてしまう。


 いやいや、いくら何でも急にそんな話になるのはおかしい――、と思うわたしをよそに、伯父様と伯母様も「名案だ!」「名案だわ!」とディートヘルム殿下の意見に賛同し、お父様とお母様も、「ロヴァルタ国がまたマリウス殿下の婚約者にとか言い出すくらいなら、ライナルトにもらってもらった方が何百倍もましだ!」とよくわからない理解を示している。


 いやまあ、マリウス殿下と再婚約なんてわたしも願い下げだけども、いくら何でも話が飛びすぎだからね。

 一足飛びもいいところだからね。

 わたしはあわあわしながら、どう収拾をつければいいのか考えたけれど、わたしが何かを言う前に、お兄様にぽんと肩を叩かれた。


「いいんじゃないか? 相手はまんざらでもなさそうだし」


 見れば、ライナルト殿下が真っ赤な顔をしてうつむいていた。


 こんな時に不謹慎かもしれないけど……照れたうさ耳イケメン、尊い‼ 合掌‼




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