黒兎、拾いまして 4

 フィリベルトに薬と包帯を用意してもらって、丁寧に兎の後ろ足の怪我の手当てをする。

 怪我はそれほど深くはないが、まだ血が流れていたので、包帯を巻いておいた方がいいだろうと思ったのだ。


 大きめの籠に柔らかいタオルを敷き詰めてその中に入れると、兎はじっとわたしを見上げてきた。


 きらっきらの大きな黒い瞳が可愛い。

 野生動物はもっと人を警戒するものだと思うのだが、この子は妙におとなしい。もしかして誰かに飼われていた兎なのだろうか。


 呼び名がないと不便なので、わたしは兎を「くーちゃん」と呼ぶことにした。黒の「く」でくーちゃんである。安直かもしれないが、もし誰かに飼われていた兎なら飼い主が探しているかもしれないので、わたしがつけた名前は仮の名前だ。仮の名前を付けるのに悩む必要はないので、第一印象でパッと思いつく名前でいいと思う。


「兎って何食べるんだっけ? にんじん?」


 お腹がすいているかもしれないので、わたしはくーちゃんを部屋に置いて、餌をもらいにキッチンへ向かった。

 ニンジンのほかにリンゴやキャベツなどを適当な大きさに切ってもらう。

 二階の自室に戻ると、くーちゃんは籠の中にちょこんと座って待っていた。お利口な兎である。


「くーちゃん、ご飯だよー」


 籠の前にニンジンなどが入った皿を置くと、くーちゃんは籠からぴょんと飛んで出て、ひくひくと鼻を動かした。


 ニンジン、キャベツ、と順番に鼻をひくひくさせて、最終的にくーちゃんが選んだのはリンゴだった。リンゴが好きなのかもしれない。


 可愛らしい前足でリンゴを掴んで、もしゃもしゃと食べはじめる。

 前世でも今世でも兎は一度も飼ったことがないのだが……可愛いかもしれない。


「くーちゃん」


 呼びかけると、食べるのを止めてじっと見つめてくる。

 そして少しすると、また小さな口でもちゃもちゃと食べはじめる。

 うん。すっごーく、可愛いかもしれない。


 皿に入れていたリンゴを全部食べて、にんじんとキャベツを総無視したくーちゃんは、自分で籠の中に戻ると、ふわふわのクッションみたいに丸くなってうとうとしはじめた。お腹が膨れて眠くなったのかもしれない。


 わたしは籠ごとくーちゃんをベッドの上に乗せて、自分もベッドによじ登る。

 お金儲けの家族会議をしようと思っていたけど、あとでいいや。

 くーちゃんが気持ちよさそうに寝ているからか、なんだかわたしも眠たくなってきたよ。


 くーちゃんの籠の隣でわたしがうとうとと夢とうつつを行ったり来たりしていると、この邸の使用人たちとの話が終わったのだろう。フェルゼンシュタイン公爵家からついて来てくれたわたしの侍女ギーゼラが部屋に入って来て、目を三角にして怒り出した。


「お嬢様‼ ドレスのまま横になったら、皺になってしまいます‼」


 わたしとくーちゃんは、ギーゼラの怒鳴り声にほぼ同時に飛び起きた。

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