訓練とうさ耳 1
聖女認定式を終えて晴れて(?)シュティリエ国の聖女になったわたしは、お母様とライナルト殿下とともに、城の敷地内にある白魔術師団の訓練場に向かっていた。
白魔術は、回復や防御などの支援魔術で、生まれ持った才能が九割、あと一割が努力という、ほとんど才能がものを言う力である。
それに比べて魔術の方は、生まれ持った魔力量で差が出るには出るのだが、魔石などの補助も使えるため、努力である程度身につけられるものだ。
……お父様は生まれ持った魔力量が桁違いだったことに加えて本人もとんでもなく努力したから、稀代の大魔術師なんて言われていたんだけどね。
さすがにお父様と同じレベルに到達するには、生まれ持った魔力量も必要になるので不可能だろうが、そこそこの魔術師にならひたすら努力を重ねれば到達可能だそうだ。
わたしは妃教育で忙しかったことと、魔術に関してそこまでの努力をする気にならなかったから、中堅くらいの実力だけどね。魔力量は多いらしいけど。
白魔術と黒魔術は、魔力を使うという一点においては共通しているのだが、それ以外の性質がまったく異なるという。
白魔術の才能がない人間が、努力で白魔術を身に着けることは不可能なのだ。ちなみに白魔術師が通常の魔術を覚えることは不可能ではない。ただ、白魔術の才能に恵まれた時点で、わざわざ魔術まで習得しようとは思わないようで、両方使える人間は数少ない。
つまり、生まれ持った白魔術の才能にプラスしてお父様に魔術まで教えてもらったわたしは、珍しい部類に入る。
白魔術師団の訓練場に到着すると、お母様と同じくらいの年齢の、長い黒髪の男性が待っていた。
「ガルディア、今日はよろしくね~」
なんて気安く手を上げて挨拶しているので、お母様とガルディアさんは既知の仲なのだろう。
ガルディアさんは白魔術師団の団長を務める、高位の白魔術師なんだそうだ。
さらに侯爵であり、お母様の婚約者候補筆頭だったらしい。
……え、なんか気まずくない?
つまり、お母様がお父様と恋に落ちなければ、お母様はガルディアさんと結婚していた可能性が濃厚ってことだよね?
「和やかそうだけど、気まずくないですか?」
こそこそっとライナルト殿下に声をかけると、殿下も微妙な顔をして頷いた。
「……気まずいな」
この状況で楽しそうに話ができているお母様とガルディアさんって神経が図太くないか?
貴族や王族の結婚だから、二人の間には恋愛感情はなかったのかもしれないが、普通に考えて母親の婚約者候補だった男性に引き合わされるのは非常に気まずい。
……ガルディアさん、お父様のこと恨んでたりしないのかな?
心配になって見つめていると、ガルディアさんがこちらを向いて、にこりと笑った。
「ああ、アロゼルム殿によく似ていますね」
え? そうかな? お父様とわたし、あんまり似ていない気がするけど……。
首をひねると、お母様がものすごく嫌そうな顔をした。
「あらいやだガルディア! あなた、まだ諦めてなかったの? それとも、アロゼルムが無理だからうちの娘に手を出そうって言うんじゃないでしょうね? 言っておきますけどね、うちの娘はライナルト殿下の婚約者候補よ! しかも内定よ!」
……あれ、今、なんかちょっと不穏な単語が出てきましたよ?
聞き間違いじゃあなかろうかとライナルト殿下を仰ぎ見れば、彼も怪訝そうな顔をしていた。
あのー、お母様。「アロゼルムが無理だからうちの娘に」ってどういうことでしょうか?
不安に思いつつお母様を見れば、お母様は額に手を当てて首を横に振った。
「ヴィル、ガルディアは腕は確かなんだけど、わたくしとはアロゼルムを取り合ったライバルなの。あの顔がものすっごく好みらしいから、あなたも気をつけなさいね。ガルディアは、バイなのよ」
……バイ。
えーっと。
すると。
つまり。
……ガルディアさんは男の人も女の人も両方オッケーよってタイプの男性ってこと⁉
そして、ガルディアさんはお父様が好きだったの⁉
いろいろショックが大きすぎてよろめいたわたしを、ライナルト殿下が支えてくれるが、殿下の顔も引きつっていた。
……何この怖すぎる三角関係⁉
え、教えを乞うにしてももっとわたしの精神に優しい人がいいんだけど‼
お願いだから否定してとガルディアさんを見ても、にこにこと微笑んでいるだけでお母様の言葉を否定しない。
そして、中年の男性にしては可愛らしい動作で、こてりと首を横に倒した。
「ライナルト殿下と出会う前に会いたかったですね。非常に残念です」
いやいやいや、それはどういう意味でしょうか⁉
わたしは嫌だよ! お父様に恋していた男性と結婚とか、無理だから! ライナルト殿下に出会う前に出会っていたとしても、無理だから‼ お父様とわたしを重ねて見るってことでしょ⁉ そこは百歩譲ってお母様と重ねて見るというなら納得だけど、さすがにお父様と重ねられるのはないから‼
この人に教えを乞うのは不安でしかないが、お母様は伯父様と約束があるようで、「あとよろしく~」とひらひらと手を振って去って行った。
鬼だ。わたしの母親は、鬼だ!
せめてもの救いは、隣にライナルト殿下がいてくれることである。
「そんな顔をされると、傷つくんですけど……」
ガルディアさんが眉尻を下げているが、わたしとお父様を重ねて見ている人である。警戒するのは当たり前だ。
バイに偏見があるとかじゃない。それは個人の好みの問題なので、わたしにとやかく言う資格はないし、言うつもりもない。わたしが男の人を好きなように、ガルディアさんは男の人と女の人の両方が好きなだけだ。
だから、わたしが嫌なのはそこではなく、お父様と重ねて見られて「好み」と認識されることなのだ。
「そんなに警戒しなくても、私は結婚していますし、これでも妻を愛しているんですよ。十年早く出会っていたらわかりませんが、今の私は妻子持ちです」
十年早く出会っていても、その当時わたしは八歳ですけど?
だがまあ、妻と子を愛しているらしいので、ひとまずお父様と重ねられて口説かれる危険性はないとわたしは判断して、ほっと息を吐き出した。
わたしが警戒を解くと、ガルディアさんはパンと軽く手を叩く。
「じゃあ、さっそくはじめましょうか。聞けば白魔術についてはそこそこ使えるようですので、理解は早いと思います。まずは、自分の体の中にある力を理解するところからはじめましょう」
それは、お母様から白魔術のコントロールを教わった時に言われたことと同じだった。
浄化なんて未知の力をどう制御するのだろうと思ったが、なんとなく、いけそうな気がしてくる。
「ヴィル、俺は応援することしかできないけど、頑張ってね!」
その可愛い笑顔つきの応援だけでわたしはものすごく頑張れそうな気がしますよ!
わたしはライナルト殿下を振り仰いで、「頑張ります!」と拳を握り締めた。
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