黒兎? 白兎? 5

 一週間後――


 お兄様の発明したルンタッタ君の権利登録が終わり、販売したいと言う商会が数社やってきた。

 どこの世界も「利便性」という一点においては共通するものがあるようで、便利なものはこぞって使いたがるようである。

 とくに、掃除機がない世界だ。

 掃除機を作る前に自動掃除ロボットを作ったせいもあって、これは画期的な発明だと、お兄様は一躍有名な発明家になってしまった。人が作ったものをパクって発明家認定されるなんて、エジソンもびっくりだろう。


 ……っていうか、どうせなら最初は掃除機作ればよかったのに。


 ふと思ったが、お兄様の趣味嗜好問題もありそうなので余計なことは言わない。

 お兄様的には普通の掃除機に面白みを感じなかったのだろうから。


 販売のプロの商会とお兄様とお父様が話し合った結果、ルンタッタ君は、価格帯を変えて何種類か作って、一番安いものは頑張れば平民でも手が伸ばせるくらいのものにすると決まった。

 高く狭く売るのではなく、安く広く売る作戦らしい。


 その作戦は功を奏し、昨日ひとつの商店の店頭に並んだ二十台のルンタッタ君は、一日が終わるころには売り切れてしまっていたそうだ。


 貴族相手には特注という形で作るため、それとは別にたくさんの注文が入っていると聞いた。

 そのせいでお兄様は完全に有頂天になって、今度は何を作ろうかなとうきうきしている。


 去年の今頃なら、もうすぐはじまる社交シーズンのために、流行の服だの靴だのと仕立て屋を呼んであーでもないこーでもないと騒いでいたお兄様は、どうやら発明が楽しすぎて社交シーズンの存在を忘れているっぽかった。

 美容とファッションにこだわるお兄様に付き合わされて仕立て屋の相手をする必要がなくなったのはいいことなので、指摘せずに放置である。


「ライナルト殿下、お風呂に入ってくるので、ここにいてくださいね。勝手に外に出たらだめですよ」


 まあ、部屋の外に出たところで、邸の外にはお父様の結界が邪魔をして出られない。目を離したすきにいなくなる危険はないので、多少お散歩に行くくらいなら構わないが、小さな体で走り回って、階段から転げ落ちたりしたら大変なので、わたしが見ていないところでお散歩するのは控えほしい。

 わたしの言うことを理解してくれたのか、ライナルト殿下は眠そうな目をして、こくりと頷いた。


 一週間前、尻尾が白く変色してしまったライナルト殿下は、この一週間でほとんど真っ白な兎になってしまった。

 今は、耳の当たりに少し黒い毛が残っているだけだ。

 どんどん白髪が増えていくライナルト殿下に、わたしはやっぱりストレスではないかと思ったが、お母様が面白そうな顔をして「いい傾向だわ」なんて言うから、白髪が増えていくライナルト殿下に切ないものを感じながらも今のところ静観している。


 白髪が増えるにつれて、ライナルト殿下は眠そうにしていることが増えた。

 前もよく寝ていたけれど、今は一日の大半をうとうとして過ごしている。


 真っ白になっているふわふわの背中の毛を撫でて、わたしは侍女のギーゼラとともにバスルームへ向かった。

 前世ではあり得ないことだったが、この世界の貴族令嬢は、侍女に頭や体を洗ってもらうので一緒にお風呂に入るのだ。

 けれども裸になるのはわたしだけという、何この羞恥プレイ⁉ って叫びたくなるような状況も、前世の記憶を取り戻す前から公爵令嬢として生きていたわたしは、抵抗なく受け入れられたのだからすごいと思う。うん、慣れって大切。


 猫足の大きなバスタブに横になって、ギーゼラに髪を洗ってもらう。

 形状記憶合金もびっくりなきっつい縦ロールのわたしの髪も、あら不思議。水にぬれるとストレートに戻るのだ。当然だけどね。


「そう言えば明日伯父様……陛下が来るって言ってたけど、白くなったライナルト殿下を見て、わたし、怒られたりしないよね?」


 ここにライナルト殿下がいると聞いた伯父様はすぐさま我が家に来たがったが、忙しい国王陛下が思い立ったら吉日ですぐに行動に移せるはずもない。

 泣く泣く予定を調整し、やっと、明日、我が家に訪問することが可能になったのだ。

 なので、ライナルト殿下が白兎になったことを、伯父様はまだ知らない。

 ギーゼラは少し考えるように目を伏せ、それからにこりと笑った。


「白兎も可愛らしいので…………」


 うん、ギーゼラが適当なことを言ったというのは理解できたわよ。

 怒られるか怒られないかという問いに対する答えを、白兎のライナルト殿下が可愛いという誰が見ても明らかな一言ではぐらかしたわね。


 ……お母様、大丈夫って言ってたけど、本当に大丈夫なんでしょうね? 伯父様に怒られたらお母様を盾にするからね。いくら相手が伯父でも、一国の国王陛下に怒られたくなんてないわよ。


 色が黒から白に変化したけれど、ライナルト殿下の呪いを解く方法は未だに思いつかない。まあ、そう簡単に思いつくような解呪方法なら、殿下は二十一年も呪いに苦しめられていないはずだ。


 ……でも、ラウラはなぁ。ラウラは……。


 ラウラ・グラッツェルは、わたしも少し知っている。

 子爵令嬢なので、パーティーで何度か見かけたことがあるのだ。

 貴族社会は当然身分社会なので、身分の高低がものすごく尊重される。

 子爵令嬢であるラウラも、貴族令嬢には変わりないのだが、大勢の貴族が集まるパーティーなどでは、身分はもちろん下の方に分類される。

 ゆえに、自分よりも高位の貴族に対して礼を尽くさなければならないし、出しゃばったことをしてはならない。


 身分社会めんどくさいなーと思うけど、例えば会社勤めをしている入社間もない平社員が、社長にため口きいて背中をバンバン叩いてはいけないのと同じだと思えばわかりやすいだろうか。


 しかしそんな縦社会において、ラウラは少々異質だった。

 相手が高位貴族だろうと高位貴族令嬢だろうとお構いなしに話しかけに行くし、平然と見下したりもする。

 貴族令嬢たちが怒ってつまはじきにすると、「いじめられた」と言って男性たちにすり寄って悲劇のヒロインをアピールするし、婚約者がいる男性相手にも何も考えずに話しかけに行き、あまつさえ甘える。


 よく言えば天真爛漫。悪く言えば厚顔無恥。

 それがラウラ・グラッツェルだ。


 マリウス殿下はそんなラウラを「天真爛漫」と好意的に受け取っている側で、彼女の言動が可愛らしくて仕方がないのだろう。

 マリウス殿下はまあどうでもいいが、とにかくラウラがそんな様子なので、こちらがライナルト殿下の呪いを解いてほしいと頼んだところですんなり了承してくれるかはわからない。

 それ以前に聖女の力に目覚めるかどうかもわからないので、シュティリエ国としてもライナルト殿下が呪われているという事実は面に出したくないようなので、危険な賭けはできないのだ。


 ……何より、ラウラに会わせて、ゲームみたいにライナルト殿下が巨大化して暴走をはじめたりしたら最悪だし。


 どうにもならないようなら、ラウラを頼るという選択をすることになるかもしれないが、できることなら避けたいところ。


「……聖女って、どういう条件下で生まれるのかしらね?」


 ラウラ以外に聖女になり得る女性がいたら万事解決なのにと思いながらつぶやけば、ギーゼラは首をひねりながら、


「聖女の資格があるのは強い白魔術を使える女性で、その中から稀に現れると言いますので、お嬢様も資格はお持ちなんじゃないですか?」


 と、これまた適当なことを言ってくれた。



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