うさ耳殿下と町デート 4
ライナルト殿下の可愛さにやられ気味になりながらケーキを食べ終えたわたしは、殿下とともに再び王都の町の散策に戻った。
二十一年間も魔王の呪いにむしばまれ、城の敷地内からろくに出たことがないライナルト殿下は、目にするもの目にするものが新鮮な様子だ。
きょろきょろと楽しそうにエメラルド色の瞳を少年のように輝かせて、気になった店を見つけるたびに近づいていく。
生まれてこの方一度も買い物をしたことがないライナルト殿下のために、わたしは伯父様からお金を預かっていたので、殿下が気になったものを見つけるたびに購入して回った。
というのも、伯父様ったらちょっと街を散歩するだけだって言うのに、金貨五枚もくれたんだもの。前世の価値にすると約五百万円よ。一回のデートでどうやって使い切れと言うの。多すぎよ。
行く先々で購入したものは、全部、旧王宮――フェルゼンシュタイン家に届けてもらうようにお願いしておいた。とてもじゃないけど、全部持って歩けないからね。
「ヴィルヘルミーネ、あれは何だろう?」
「ああ、あれは、運命のコインですね」
露店に並んでいる、前世の五百円玉くらいの大きさのコインを見つけて、わたしはゲームのイベントを思い出した。
ゲーム終盤、ヒロインと攻略対象がロヴァルタ国の王都にある泉にコインを投げ入れるイベントがあるのだ。
トレビの泉のパクリもいいところで、右手でコインを持ち、泉に背中を向けて左肩越しに投げ入れるというルールがある。
ただ、トレビの泉と違うのは、叶えたい願いが一つという点だ。
トレビの泉は、
コインが一枚であれば「もう一度ローマを訪れることができる」。
二枚であれば「大切な人とずっと一緒にいられる」。
三枚であれば「恋人や伴侶と別れることができる」。
というものだが、この世界では男女が一枚ずつのコインを投げ入れる、両方が泉に入ったら、今一緒にコインを投げた男女はずっと一緒にいられると言うものである。
このイベントは、ゲームの中盤、攻略対象との親密度がある一定以上に達していないと発生しないイベントで、ゲームのエンディングが無事にハッピーエンドへ向かっているかどうかを測る重要な指標のイベントだった。
このイベントが発生しなかった場合、ハッピーエンドは迎えられない。
が、あのゲームはハッピーエンドだけがものすごくイージーモードなゲームだったため、ノーマルエンドやバッドエンドを狙わない限りは、限りなく高確率で発生するイベントだった。
……この国でも、「運命のコイン」が売られているのね。
ということは、シュティリエ国にも同じようなジンクスがある泉があるのだろうか。
気になったわたしはライナルト殿下とコインを売っているおじさんに近づいて訊ねてみた。
すると、王都の南に、同じジンクスを持った泉があるらしい。
「買っていくかい?」
おじさんに訊かれたのでちらりとライナルト殿下を見上げると、ほんのり頬を染めて小さく頷いたので、コインを二枚購入する。
恥ずかしそうなライナルト殿下のせいか、わたしまで照れてしまって、コイン売りのおじさんにニマニマと笑われてしまった。
「若いっていいねえ!」
この手の冷やかし文句は、世界どころか異世界でも共通なのだろうかと思いつつ、ライナルト殿下と手を繋いでそそくさとその場を離れる。
ライナルト殿下が二枚のうち一枚のコインを手にして、くるくると表と裏をひっくり返しながら、「綺麗なコインだな」と笑っていた。
まあ、コイン自体綺麗なので、このまま持ち帰ってもいいとは思うけれど……、と殿下に判断をゆだねるように見上げると、コイン売りのおじさんが教えてくれた泉に向かおうと足を進めたので素直について行くことにした。
……あれ、ということは、あのイベント、するんですかね? このうさ耳イケメン激カワ王子と?
そ、それは、何というか、照れる……!
あれ? ってことは、ライナルト殿下もわたしのことをまんざらでもないとか思ってくれているんですかね?
わたしのお気楽脳が、自分に都合よく解釈しようとする。
ライナルト殿下は昨日のうちにわたしがマリウス王太子から婚約破棄をされた情報を聞いているし、それどころか両親である国王夫妻からわたしを婚約者にどうかなんて薦められていたから、もしかしたらそのつもりで動いてくれているのだろうか。
いやでも、従兄妹同士とはいえ、わたしとライナルト殿下はついこの前知り合ったばかりだし、殿下に至っては一昨日まで兎の姿だった。
ちょっと展開が早すぎませんかね。
どきどきして仕方がないんですけど!
きゅうっと繋がれた手のひらは、真夏なのでちょっと暑いんだけど、この暑さが何だか幸せで、わたしは照れながら、歩調を合わせてくれる優しい殿下とゆっくりと泉に向かう。
やがて、トレビの泉のパクリ疑惑が発生しそうなほどそっくりな綺麗な泉が姿を現した。
浅い人工の泉の底を覗くと、たくさんのコインが沈んでいる。
そして、今まさに二人の男女が泉に背を向け、コインを投げ入れたところだった。
二つとも綺麗に泉の中に入ったのを見て、二人は嬉しそうに腕を組んで歩き去っていく。
微笑ましいなと思って見つめていると、その様子を熱心に眺めていたライナルト殿下が「なるほど、ああするのか」と頷いていた。どうやらコインの投げ入れ方を確認していたらしい。
泉の横にはご丁寧にコインの投げ入れ方の解説が立てかけられていたけれど、文字だけの開設だとわかりにくいものがあったのだろう。
「ヴィルヘルミーネ、一緒に投げよう」
「え? 本当にわたしと一緒に投げていいんですか?」
もしかしたらこの先、ライナルト殿下が恋をする女性が現れるかもしれない。それがラウラでないといいなと思うわたしは狭量なのかもしれないけど、せっかく人の姿に戻れた殿下には、この先輝かんばかりの未来が待ち受けているはずだ。
泉にコインを投げたところで、わたしとの将来が決まるわけではないだろうが、ハッピーエンドに繋がるイベントだと知っているわたしは躊躇ってしまう。
……わたしはライナルト殿下が素敵だと思うけど、ライナルト殿下がわたしをそう思うとは限らないもの!
自分で言いたくはないが、わたしはこの見た目である。
きつい見た目の女より、愛らしい女性を妻にしたいと思うかもしれないではないか!
けれども、ライナルト殿下はきょとんと目を丸くした後で、ふわりと天使のような笑みを浮かべた。
あまりの可愛さに、わたしはちょっとよろめいてしまって、ライナルト殿下に支えられる。
「何を言っているんだ? ヴィルヘルミーネのおかげで俺はこうして外を歩くことができた。君の側はとても温かくて幸せになる。そうだった、俺を元に戻してくれた礼をきちんと伝えていなかったな。ありがとう、ヴィルヘルミーネ。君に出会えて俺は幸せだ」
ちょっと何このピュア王子‼
天使の笑みを浮かべたイケメンの口から発せられる純真そのものの告白は、破壊力がありすぎる!
心臓を射抜かれるどころか鷲掴みにされてなおかつがくがく揺さぶられた後にシェイクされたような気分で、わたしは「はうっ」とつい鼻の下を抑えた。鼻血が出そうな気がしたからだ。
ライナルト殿下にここまで言われて、わたしが拒否できるはずもない。
むしろ頭を地面にこすりつけて「ふつつかものですがどうぞよろしくお願いします!」とお願いしたい気分である。
いろいろ急展開だけどわたし今、超幸せかもしれない‼
わたしに異論がないということで、わたしとライナルト殿下は二人そろって泉に背中を向けた。
大きく深呼吸をして、「せーの」でコインを泉に投げる。
すぐに振り返ってコインの落ちる先を確かめたわたしは、二つともがぽちゃんと泉の中に落ちたのを確認してホッと息を吐き出した。
……よかったあ! これでライナルト殿下とずっと一緒にいられるの……ね……はうっ!
ここにきて急激に恥ずかしくなってしまったわたしは、ぼぼぼっと顔を赤く染めた。
わたしの乙女の部分、主張するにしても急すぎるでしょう⁉
婚約もまだなのに将来の誓をしたみたいで、恥ずかしすぎて顔があげられない。
わたしの赤い顔が伝染したのか、ライナルト殿下も頬を染めて「……行こうか」とわたしの手を引いて歩き出した。
その手はここに来る前よりもしっかりと力強くつながれていて、わたしはそれにさらに照れながら、城下町散策を再開した。
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