31話~40話

第31話 冬季限定ロールケーキ

 放課後。冬季限定苺のロールケーキを食べるために美月と学校を出ると商店街のカフェへと向かった。


 商店街は学校と駅のちょうど真ん中の位置にあり、学生がよく寄り道する場所である。そんな場所を歩いていると花屋の前で見覚えのある顔を見かけた。


「えっ、爺ちゃん?」


 近づいていくと花屋にいたスーツ姿の人は後ろを振り返り、俺のことを見るなり驚いていた。

 

「おぉ、奏翔。サプライズのつもりがまさかここで会ってしまうとは」

「また急な帰りだね。で、その格好は、何か突っ込んだ方がいいの?」


 戸山幸太郎とやまこうたろう。自分のお母さんの母親でたまにこうしてこちらへ遊びに来るのだがいつも誰にも言わず突然現れる人だ。


 そしていつも不思議な格好をしてくる。今日は黒のスーツに黒の帽子。今から怪しいことでもするんじゃないかと思ってしまうその格好は周りから見るととても怪しい人だ。


「突っ込み? いつもの格好だけど?」

「はぁ……」

「それより奏翔。爺さんに隠し事とは酷いねぇ、彼女さんができたら1番に報告だろ?」

「彼女じゃないから」


 隣にいる美月を見て爺ちゃんは彼女だと思ったようだ。美月は、俺のことをチラッと見てからペコリと頭を小さく下げる。


「初めまして、奏翔くんの友人の神楽美月です」

「おぉ、礼儀正しいし可愛いねぇ」

「爺ちゃん、ナンパみたいになってるよ」

「そうか? 初めまして奏翔の祖父の戸山幸太郎です。奏翔と仲良くしてくれてありがとう」


 爺ちゃんは初対面とか関係なくフレンドリーだ。グイグイ来られて美月が困らないか心配だ。


「爺ちゃん。俺らはこれからカフェに行くから一緒には家に行けないけど」

「あぁ、じゃあ、先に家に行っておくよ」

「わかった。お母さんいるかわからないから鍵渡しとく」

「ありがとう。それじゃあ、神楽さん、また会ったその時はゆっくりと奏翔のことを話そう」


 爺ちゃんは結局、なぜ花屋にいたのかわからないまま立ち去っていく。


(俺のなんの話をするんだよ)


「何かごめん。ああいう爺ちゃんで」

「面白そうな方ね」

「まぁ、うん、面白いよ、いろいろと」


 爺ちゃんと別れ、少し歩いた先に目的地であるカフェはあった。


 店内に入ると暖かい暖房がかかっており、ここは天国かと思ってしまう。


 店員さんに好きな席へどうぞと言われたので奥の空いている席へ俺と美月は向かい合わせに座った。


 座るなり、美月はメニュー表を開き、今日の目的である商品があるか確認した。


「私はもちろん冬季限定苺のロールケーキを頼むけど奏翔はどうする?」

「俺も気になるから一緒のやつで」

「そう。じゃあ、店員さん呼ぶね」


 頼むものは同じですぐに決まり、店員さんを呼んで注文する。


 頼んだ後はロールケーキが来るまでクリスマスの話をしていた。


「美月は毎年クリスマスはどう過ごしてる?」

「どう過ごしたか……去年はクリスマスはここのケーキを買いに来て、家で食べた。奏翔は?」

「去年は友達と集まって遊びに。ケーキとかは食べてないかな」


 誕生日であればケーキは食べるが福原家ではクリスマスにケーキを食べるイベントは今までない。なので、クリスマスだからといって特別なことはしてこなかった。


「じゃあ、今年は2人でクリスマスっぽいことしようよ。プレゼント交換とか」

「うん、いいね。ケーキだけど、今年は自分で作ろうとしてたから一緒に食べるのはどう?」

「奏翔が作ったケーキ、食べたい……」


 クリスマス当日。水族館に行くという目的もあるが、プレゼント交換やケーキを食べると言った予定も作り、今年のクリスマスは去年とは違った形になりつつある。  


 美月と話していると冬季限定の苺のロールケーキがテーブルへと運ばれてくる。目の前に並ぶと美月は両手を合わせて幸せそうな表情をした。


「お待たせしました。冬季限定苺のロールケーキです」

「ありがとうございます」


 彼女は「いただきます」と言ってロールケーキを食べ始める。


「ん~美味しい。幸せ……もう何も要らないぐらいに」


 彼女の美味しそうな表情を見た後、俺も一口食べてみる。


(ん、美味しい)

 

 ふわふわの生地に甘い苺。そしてたっぷりのクリーム。幸せすぎる。


「ご馳走さま」


 美味しすぎてロールケーキをペロリと食べてしまった。一緒に頼んだ紅茶もロールケーキと合い美味しかった。


 食べ終えてゆっくりしてからお店を出ると駅へ向かって歩いた。充電と言って美月は俺の腕にぎゅっとくっついていたが、何かに気付くとすっと離れた。


 どうしたのだろうかと思いながら自分のバイト先の横を通るとガラス越しから働いている心愛の姿が見えた。


「奏翔、心愛と同じところで働いているんだっけ?」

「うん、週に2日。父親に内緒でしてるからもし聞かれても秘密で」

「……お父さんに内緒にしてるの?」

「まぁ、あんまり知られたくないかな……」


 父親には知られても構わないが、それで祖父に伝わるのが1番嫌な結末だ。


「わかった。聞かれても言わない、内緒にする。最後に1つ聞きたいんだけど、奏翔は今のままでいいの?」


 美月にそう聞かれて、この質問の意味の2つのうちどちらか悩んだ。1つは、このまま父親にバイトをすることを黙っていること。そしてもう1つは、美月には話していないが父親との関係だ。


 どちらにしても俺は今のままの状態ではよくないと思っていることだ。


「私はね、もう話しても無駄だと思って、お母さんとお父さんと話すことから逃げてた。どうせこうだろうと決めつけて。けど、奏翔が話し合いが必要だって言って私は両親と話すことを決めた」


 彼女はそう言って立ち止まり、俺も立ち止まると美月は両手を優しくぎゅっと握ってきた。


「奏翔が何かに悩んでいるなら私も一緒に悩んで考える。だから1人で無茶して困らないで」


 冷たい手が今はとても温かい。逃げたらダメ、前に進むためには向き合うことが必要だと美月に言われてるような気がした。


「……ありがとう美月。俺は今のままでいいとは思ってない。一度話してみるよ」


 あの人が家族より仕事を優先して、家から離れたあの日から俺は福原達也はきっと家族なんてどうでもいいから家から離れたんだと俺は思っていた。けれど、それが正解なのかはわからない。


 自由を制限してくる父親が苦手で話すことから逃げてきたが、お父さんがなぜ家を出たのかちゃんと理由を知ろう。そして自分の気持ちを知ってもらいたい。








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