第15話 奏翔と美月の出会い②

 お願いというのは女性客が多く、俺1人じゃ入りにくかったパンケーキの店に付き合うこと。


 彼女は甘いものが好きらしく、それならと思ったのだ。


 学校からそのまま寄ることもできたが、彼女は一度家に帰りたいと言ったので数分後また集まって、一緒に行くことにした。


 時間もあったので自分も一度家に帰り、制服から私服へと着替える。一応女子と会うのだから服装は気を付けた方が良いと思い、家から出る前に何度かチェックした。


 現地集合で、パンケーキ屋さんの前で待っているとニット帽を被り、白のシャツ、黒のスカートを着ている神楽さんがやって来た。


「お待たせ、数分ぶりだね。待った?」

「数分ぶりだね。俺も来たばかりだから待ってないよ」


 この店は俺の家から近く、少し待ったが、ここでその事を言うのは違うだろう。待ったとしても待っていないと言わなければ相手は申し訳なく思ってしまう。


「中入ろっか」

「うん」


 パンケーキを食べることが楽しみなのか神楽さんの声からワクワクしているように見えた。


 店内に入るとお好きな席へどうぞと言われたので空いている2人席へと腰かけた。


 このパンケーキ屋さんは数ヵ月前にできたばかりでずっと美味しそうだなと思いながらも女性客が多く入れなかった。


 だから女子と一緒なら入れる気がして今回、神楽さんに一緒に来て欲しいと頼んだ。


 どんなパンケーキがあるのだろうかとメニュー表を取ろうとすると神楽さんは両ひじをテーブルにつき、指を絡めてこちらをじっと見ていることに気付いた。


「神楽さん、どうかした?」

「……私、甘いものと可愛いものが好きなの。だからパンケーキ屋さんに行こうって誘ってくれて嬉しい。あっ、誘うじゃなくてお願いだったね」


 そうなんだ。神楽さんは甘いものが好きだったというのは初耳だ。誘って……いや、このお願いをして良かった。


 メニューを神楽さんと一緒に見てお互い食べたいパンケーキを注文すると彼女は背もたれに持たれかかふぅと息を吐く。


「何か緊張する……男の子と2人きりでこうして食べに行くとか福原くんが初めてだから」

 

(初めて……)


 俺が初めてだから何だと言うのか。そう思ったが、嬉しかった。偶然、最初の人になっただけで特に特別なことではないが。


 人気者の神楽さんと一緒にパンケーキに行けたから嬉しいのかな……。


 俺も緊張している。初めて会ったばかりの神楽さんとこうして一緒にいるのだから。


「俺も女子とこういうところに来るのは初めてだよ」

「そうなんだ……一緒だね」


 ふふっと小さく笑う彼女に俺は不思議な気持ちになる。


 女子であれば心愛という幼馴染みと仲はいいが、2人でどこかへ行ったことはない。2人で会うとしてもいつもどちらかの家で過ごすことが多い。


「福原くん、パンケーキ好きなの?」

「うん、好きだよ。甘いもの好きだから」

「そうなんだ……私達、甘いもの好き仲間だね」

「そうだね」


 パンケーキが運ばれるまで最初は彼女と話していたが今日が初対面なので沈黙が続く。俺も彼女も緊張して何を話せばいいのかわからない状態になっていた。


 しばらくその状態が続いているとパンケーキが運ばれてきた。


「お待たせしました。キャラメルパンケーキとマンゴーパンケーキです」


 目の前にパンケーキが乗ったお皿が来ると神楽さんは「わぁ」と声を漏らし、目をキラキラさせていた。


 食べる前から幸せそうな彼女を見ていると俺まで幸せな気持ちになった。


「福原くん、食べよっ」

「あぁ」

 

 念願のパンケーキを食べることができ、そのパンケーキがとても美味しかったというのもあり、食べ終わった頃には幸せな気持ちで一杯だった。


「美味しかった……」

「だね。神楽さん、付き合ってくれてありがと」

「どういたしまして。こちらこそ誘ってくれてありがと」


 店から出た頃には日が暮れていて幸せな時間はもう終わりなのかと少し寂しくなった。


「じゃあ」


 手を小さく挙げて彼女に背を向けると後ろからクイッと服を掴まれた。後ろを振り返るとそこには見上げるようにこちらを見る神楽さんがいた。


 吸い込まれそうな綺麗な瞳に目が離せずにいると神楽さんは口を開いた。


「また福原くんと話したい……。学校で話しかけてもいい?」

「……もちろん」

「やったっ。じゃあ、またね福原くん」

「うん、また」


 彼女がまた話したいと言っていなければ多分「また」とはここで言わなかっただろう。


 小さく手を挙げて振ると神楽さんも手を挙げて手を振り背を向けて歩き始めた。


(また………か)


 今日は緊張してあまり話せなかったけど、次、また会えるのなら今度は色々聞いてみよう。


 俺と神楽さんはこの日をきっかけに廊下ですれ違った時や帰り道、出会うと立ち話するようになっていた。


 最初は普通に話していたが、会った回数を重ねるごとにスキンシップが多くなっていった。


「あっ、奏翔!」


 俺を見つけると彼女は一度周りをキョロキョロと見渡してから駆け寄ってくる。そして決まってぎゅっと抱きついてくる。


「かっ、神楽さん……ここで抱きつくのは……」

「誰も見てないからだいじょーぶ。最近、奏翔に会えてなかったから充電しないと……」


 そう言って神楽さんは俺の胸にピトッと寄りかかり目を閉じる。


 この体制だと心臓がドキドキしていることは絶対に彼女に伝わっているはずだ。


 離れて欲しいとも言えず誰かが来るまでならと思い、俺はじっとそのままの体制でいる。


「充電って俺に抱きついても何もなさそうだけど……」

「あるよ? 奏翔にぎゅーしてると落ち着く」

「そ、そうなんだ……」


 抱きつかれる側としては全く落ち着かないこの状況。いい匂いがするし、柔らかいもの当たってるし、耐えられる気がしない。


 誰にも見られていないと俺と彼女は思っていたが、目撃情報は多数あり、何度も2人が一緒にいるところを見たという人がいたことから俺たちは付き合っていると誤解された。


 最初は否定していたが、神楽さんが懐いていることから誰も信じてくれなかったので、途中から否定することを諦めた。

 


***



「なるほど。それが恋のきっかけね」


 美月との出会いの話をざっくりと2人で思い出しながら話すとお母さんは嬉しそうに両手を合わせて微笑む。


「恋のきっかけって……普通に出会った頃の話をしただけだが?」

「普通じゃないわよ。奏翔が美月ちゃんを助けて、パンケーキを一緒に食べて、そこから会う頻度が増えて仲良くなった……最終的には奏翔は美月ちゃんに懐かれて……この流れは恋よ!」


 あぁ、もう、どうしたらいいんだ。話さなければ良かった。普通、恋ではなくこの話を友達になるまでの過程とは思わないのだろうか。


 その後もお母さんから俺と美月の話をもっと聞きたいとのことで話は続いた。


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