第36話 美月と水族館デート
水族館の中へと入場すると上の階に上がり、アクアゲートを通る。まるで透明な海底トンネルのようで一面ブルーだ。
ここにはサクラダイ、オヤビッチャがいて、美月は水槽に張り付き、じーと見ていた。
魚の名前はわからないが、綺麗だな。美月がうっとりと見ているのもわかる。
「奏翔、次、アザラシだって。行ってみようか」
「うん!」
水族館は小学生以来行っていなかったので来るのは久しぶりだ。最後に行った時は、確か家族3人で……。
アザラシのところへ着き、考え事をしながら美月と回っていると壁に当たりそうになった。
ダメだ。家族のことを考えるとどうしてもお父さんのことがちらつく。今は美月との水族館を楽しむことが優先なのに。
「クラゲ! 奏翔、可愛い、どうしよう」
「どうしようと言われましても……」
美月はスイーツ同様、可愛いものには目がない。可愛いものを見つけると何時間でも見ていられると以前言っていたことを思い出し、クラゲコーナーにどれぐらいいるつもりだろうかと考えてしまう。
「見て、奏翔。今日の可愛い生き物達! これだけは絶対に見たい!」
美月はスマホのメモアプリに書かれた可愛い生き物一覧を俺に見せてきた。
見た一言。多い……だが、ここのコーナーは見ないというのは俺の中ではないので、一覧にあるところは全て見に行くつもりだ。
「うん、見よう。俺も見たいし」
「やったっ」
彼女の天使のような笑みに俺はまたドキッとしてしまう。多分、俺は彼女の笑顔、喜ぶ顔がすきなんだろう。
口元が緩み、小さく笑うと美月が俺の顔を覗き込み、じっーと見られていることに気付いた。
(な、なんだろう……)
「美月? な、何か付いてる?」
「……ううん、何でも」
彼女はそう言って前を向く。さっき、美月の瞳を見た時、何かを見透かされたような感じがした。
ここに来るまでずっと手を繋いでいた手は離れ、美月は水槽に手をそっと置いた。
どうしたのだろうかと思っていると彼女は俺に背を向けて口を開いた。
「この前、家族と外食したの。もう無理だろうって諦めていたのに。多分、奏翔が側にいてくれなかったら何も変わってなかった」
「……それは違うと思う。美月が両親とちゃんと話すと決めて、自分の気持ちを伝えたからで」
「奏翔が違うと言っても私が気持ちを伝えることができたのは奏翔のおかげ」
美月は水槽からそっと手を離すと後ろを振り返り、俺の手を取ると見て真っ直ぐと見てきた。
(そうか、俺は顔に出ていたのか……)
「美月、少しだけ俺の話を聞いてくれないか?」
「……うん、もちろん」
立ち話もあれなので、俺と美月は近くにあったベンチへと座った。ずっと歩いていたのでここで休憩することに。
俺から話し出さないと進まないので最初にお父さんとのことを話した。
「俺、お父さんとは別々に暮らしてて、小さい頃に理由を言わず家を出たんだ。俺は仕事を優先するために家族を捨てたと思った。けど、それは自分が思ってるだけで俺は本当の理由を知らない。なぜ家を出たのか……」
「……奏翔はそれが知りたいってことね。ちなみにお母さんは理由を知ってるの?」
「本当かどうかは知らないけど、仕事を優先するためにって……」
そう聞いたとき、俺はお母さんに言った。仕事が大事なのはわかるがなぜ家を出たのか、家族なんてどうでもいいから家を出たのではないかと。
そしたらお母さんは「達也さんは家族を愛してるわよ。別々に暮らすことになった理由は私からは言えないの。ごめんね」と言ったのを今でも覚えている。
「お母さんはお父さんは家族を愛してると言った。けど、俺はその言葉が信じることができない……たまに会ってもお父さんは俺に素っ気なかったから」
目を合わせようとしてもお父さんは目をそらす。だから家族だなんてもう思っていないのだろうと思った。
「つまり本当の答えはお父さんしか知らないってことだね……この前、話すって言ってたけど、どうだった?」
「お父さんの家まで行ってみたんだけど、会いたくないって言われて家には入れてもらえなかった」
「そう……で、奏翔はお父さんと話すことを諦めたの?」
「……諦めては……」
俺は会えないとわかって半分諦めていた。他に方法はないのかと考えずに。
「私も一緒に考えるからお父さんに聞こ、家を出た理由を」
「……ありがとう」
「ふふっ、奏翔の側にいるから。大丈夫、きっと話せる」
美月からの大丈夫という言葉はずっと重たかった俺の気持ちを全て包み込んでくれるようなものだった。
***
お昼過ぎになるとお腹が空いてきたので、お魚を見るのは一旦やめて、レストランで昼食を取ることになった。
このレストランでは水槽を眺めながら食事をすることができるようだ。
普通のホットドッグとチンアナゴドッグを頼み、飲み物は俺が藻塩ソーダ、美月はジンベイラテを。
注文したものを受け取り、席に着くと写真を撮ってから食べ始めた。
「どうしよう奏翔。ジンベイさんが可愛すぎて飲めない」
「それは大変だな。目閉じて、かき混ぜたら飲めるよ」
「可愛そうで無理」
「ん~じゃあ、飲めないね」
「むむっ、飲めないのも嫌」
ジンベイのラテアートを見て、美月はかき混ぜるかで悩んでいた。
「食べ終わった後、どこ行こっか。こことかまだ見に行ってないけど」
ここのパンフレットを開き、マップを見てまだ行っていないところを挙げると美月はあるところを人差し指で差した。
「次、ペンギン見たい」
「ペンギンは……あっ、ここか。うん、見に行こう」
その後、ペンギンの話をしていると美月は無意識にマドラーでジンベイのラテをかき混ぜていた。そしてジンベイのことを忘れ、ラテを飲んでいた。
(あんなに飲めないと言っていたのに……)
ラテが入ったコップをテーブルに置くと美月は俺のことを真っ直ぐと見た。
「私、奏翔といる時間、奏翔と話すこの時間が好きなの。奏翔は私といる時間、どう?」
「……俺も美月といる時間は好きだよ。楽しいし、何というか落ち着く」
美月といる時間は他の友達といる時間とは違う。言葉にするのは難しいが、ずっと一緒にいたい、そう思うことがよくある。
「わかる。私も奏翔といたら落ち着く……だから私は奏翔とこれからも一緒にいたい、隣にいたいと思ってる」
「……うん、俺も美月とはこれからも一緒にいたいと思ってるよ」
そう言うと美月は小悪魔のような不適な笑みを浮かべた。
「じゃあ、これからも甘いもの巡り付き合ってね」
「もちろんと言いたいんだけど、お手柔らかにお願いします」
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