第37話 ケーキの前に

 昼食を食べ終えるとペンギンを見に行くことになった。


 オウサマペンギン、ジェンツーペンギンとペンギンだけでもいろんな種類がいる。


「可愛い……奏翔、写真撮らない?」

「俺も?」


 撮ってと言われるかと思ったが、ペンギンとまさかのスリーショット。美月と写真を撮ることはあまりないので彼女との写真がほしく、撮った写真は後で送ってもらうことにした。


「もうすぐお正月だけど、奏翔は毎年初詣行ってる?」

「行ってるよ。去年は心愛と2人で家の近くに参拝しに行った」

「へぇ、心愛と……」


 じとーとした目を向けられ、なぜ私は誘われてないのと怒っている様子だった。


 本当は去年、誘うつもりだったが、休日に会うということをしたことがなかったので誘ってもいいのかと思い、誘えなかった。


「こ、今年はまだ誰と行くか組めてないんだけど……一緒に行く?」


 デートのお誘いみたいになり、緊張しながらも彼女を誘うと美月はパッと表情を明るくさせた。


「奏翔と初詣行きたい」

「……わかった。行くなら近所のところがいいよな。時間は……いや、後でまた決めよう」

「うん、今は水族館でお魚を見るのを楽しまないといけない」


 そう言って美月は俺の手をぎゅっと握った。途中から離していたので今日はデートなので手を繋ぐということをすっかり忘れていた。


「そう言えば、寺川さんとデートしたときは手繋いでたの?」


 お魚を楽しまないといけないと言っていたはずだが、美月はふと思ったことを聞いてくる。


「ご、ご想像にお任せします」

「繋いだんだ……」

「……まぁ、あのデートにはわけがあったから。杏のストーカーを追い払うために恋人の振りをしなければならなかったから」


 決して繋ぎたかったから手を繋いだわけではないと美月に言うと彼女はニコリと微笑み、そして指を絡めて握ってきた。恋人繋ぎだ。


 なぜかどや顔でこちらを見ているのが物凄く気になるのだが。


「寺川さんより私の方がいい太もも持ってる」

「太もも?」

「心愛から奏翔はよく寺川さんの太もも見てるって聞いた……太ももフェチ何でしょ?」


 待て待て、心愛さん! この前の他の女子に抱きつかれて嬉しそうにしてましたって美月ちゃんに報告しようかなという発言はせずに嘘情報を伝えてるじゃん!


「いや、違うけど」

「じゃあ……」


 美月は視線を下にやり、自分の胸を見て俺のことを見てきた。


「いや、それも」

「素直にうんって言っていいよ」

「言わないから」


 てか、水族館でなぜこんなことを話しているのだろうか。



***



 館内を全て回り、最後はお土産コーナーに立ち寄った。可愛らしいパッケージのお菓子が入ったものやキーホルダー、ぬいぐるみなど美月が好きそうなものばかりだ。


 家族と友達の分のお土産を買うことにし、見て回っていると美月が俺の服袖を掴んできた。


「奏翔さえ良ければお揃いのものほしい……一緒に来たことは記憶にも、物としても残したい」

「……お揃いか」


 どうしようかと悩んでいる風に見えるかもしれないが、内心、美月とお揃いとかすっごいいいじゃんと1人で盛り上がっている。恥ずかしいので表にはださないが。


「いいな。けど、何にする?」

「んー、ストラップにしてそれをカバンにつけて匂わせする」

「匂わせって……」


 そんなことをしなくても俺と美月は一緒にいるだけで付き合っていると噂されている気がするが。


「ペアになってるやつならコップとかあったよ」

「ん、いいな」

「じゃあ、コップにしよ。奏翔はピンクと水色どっちがいい?」


 コップの種類は2種類あり、俺はどちらでもと思ったので先に彼女に選んでもらうことにした。美月はピンクを選んだので、俺は水色を選ぶ。


 お菓子とコップを購入し、水族館を出ると美月はなぜか悲しそうな顔をしていた。


「美月、何か買い忘れた?」

「……そう、じゃないの。楽しい時間がもう終わりだって思うと悲しくなったの」

「……なら今から一緒にケーキを食べない?」


 俺も美月と一緒でこの時間が楽しくて、終わらせたくないと思っている。そう思うなら……。


「食べたい! もしかして奏翔手作り?」

「うん、作ってみたけど多く作りすぎたから。家にあるから今から寄っていかないか?」

「うん、寄りたい!」


 さっきの悲しい表情はどこへと思うほど美月は笑顔になり、小さく笑った。


「けど、ケーキの前に奏翔のお父さんに話しに行こ」

「……えっ? 今から?」

「うん。奏翔、問題は早めに片付けないと後になるほど困る」

「……た、確かに」


 自分の性格的に無理だと思うとまた今度、また今度としてしまうところがある。


「私もついていくから行こう」

「……そう、だね。行こうか」


 またいきなり行っても帰らされそうだし、連絡だけ入れておこう。



***



(……来てしまった)


 まさか昨日来て今日も来るとは思わなかった。しつこい奴と思われないといいが……。


 深呼吸し、気持ちを落ち着かしてから家のインターフォンを押す。すると、昨日と同じように福原家の使用人であるの松山まつやまさんの声が聞こえてきた。


「奏翔様?」

「あっ、松山さん。昨日も来て、今日もすみません」

「……いえ、もしかして達也様ですか?」

「はい。今、いますか?」


 学生は冬休みだが、今日は平日だ。家にいない可能性の方が大きい。


「いますよ。呼びましょうか?」

「あっ、はい。お願いします」

「かしこまりました。ところで、今日はお連れの方がいるみたいですが」

「友達です。神楽美月さんです」

「そうですか。達也様にも彼女のことは……」

「伝えてもらって構いません」

「わかりました。奏翔様と神楽様が来たことを伝えてきます」


 松山さんがモニターから離れ、俺と美月はドキドキしながら待つ。そして数分後。ドアが開き、松山さんが出てきた。


「お待たせしました、奏翔様、神楽様」


 俺がペコリとお辞儀すると続けて美月も頭を下げた。顔を上げると松山さんの後ろにいた父親と目が合った。


「急な訪問だね、奏翔」

「ごめん。早く話したいことがあったから」


 目を見たらわかる。俺がここに来ることをあまり歓迎してないと。俺の表情を見てか、美月は手をぎゅっと握ってくれた。


(美月……うん、大丈夫。ちゃんと言える)


「話したいことって?」

「……俺はずっとお父さんが家を出た理由は家族といるのが嫌だからだと思ってた。けど、それは俺が勝手に思ってたことで、本当は違うんじゃないかって今は思ってる」

「つまり奏翔は私が家を出た理由が知りたいってことだね」


 確認するようなお父さんの言葉に俺はコクりと静かに頷く。


「決して奏翔と紗希のことが嫌いになったわけじゃないよ」

「……ならなんで」

「ごめん、奏翔。詳しくは話せない。話せることは家族が嫌になって家を出たわけではないことだけだよ」


 もう言えることはないと目の前のドアは閉まった。







               

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