第28話 伝えたいこと①

 私は、両親が忙しいからわがままは言ってはダメだと思っていた。だから小さい頃のように家族と一緒にどこかに行きたい、そんなわがままは言えなかった。


 家族と過ごす時間は次第に減っていき、今はほとんど話せていない。朝起きた頃には両親はもう仕事に行き、家にいない。夜は帰りが遅く、帰ってくるのはいつも自分が寝てからだ。


 話せない日々が続き、今は親と話すのが怖くなっている。


 けど、怖くて話すことから逃げてはダメだ。また小さい頃のように話したいのなら、一度家族で話す場を作る。奏翔は側にいてくれると言った。だから怖くても大丈夫だ。


「ふぁ……」


 眠たいが私はお母さんとお父さんに言うことがあるので帰ってくるまで待つ。


 うとうとと眠気が襲ったその時、玄関からガチャと音がした。音で目が覚め、私は両手で頬を軽く叩いてから玄関へ向かった。


「お母さん、お帰りなさい」

「……まだ起きてたの? もう遅いから寝なさい」


 優しい言葉なのに冷たく聞こえてしまう。怖い……けど、ここで逃げたらダメだ。


「お母さん、話があります。いえ、家族に話したいことがあります」


(大丈夫……)



***



 週末の夕方。私は、奏翔を呼び出し、カフェで待ち合わせていた。先に到着したのでアイスティーを飲んで待つこと数分。奏翔は私を見つけやって来た。


 持っていたティーカップをテーブルに置き、顔を上げる。


「美月、お待たせ」

「こんばんは。今日は来てくれてありがとう」


 今日、奏翔を呼んだのは側にいてもらうため。私1人じゃ多分、上手く家族と話せないから。


「側にいるって言ったからね。そう言えば、今日はベレー帽ないんだね」

「あるよ。店内では脱ぐようにしてるだけ」

「あぁ、なるほど……」


 荷物を置くところに入れていたベレー帽を手に取り、私は席から立ち上がる。


 最近、出掛けるときにベレー帽をよく被っていることを奏翔は気付いてくれていた。被る意味は特にないが、私のことを見ていてくれていて少し嬉しい。


「ゆっくりしていかなくていいの?」

「私は十分ゆっくりしたからいい。待つために入った店だから。奏翔、何か飲んだりする?」


 私は心を落ち着かせるためにここで紅茶を飲んでいただけ。ここで今から奏翔とお茶するつもりはない。しかし、奏翔がここでゆっくりしたいと言うなら少しだけここにいようと思っていた。


「ううん。美月のお母さんとお父さん、家で待ってるならここでゆっくりするわけにはいかないからいいよ」


「ん、わかった。また時間のある時に来よっか。ここはクロワッサンがとっても美味しいの」


 クロワッサンも食べたかったが、今は食べている場合ではないので奏翔と一緒にカフェを出る。


「じゃあ、行こっか」


 私がそう言うと奏翔はじっとこちらを見てきた。何だろうと思っていると手を包み込むように握られた。


「かな……と……?」

「大丈夫、隣にいるから」

「…………ありがとう」


 緊張していたが、奏翔の手の温もりが温かくてとても安心する。


 カフェから家に着くまで奏翔は私の手を握ってくれた。


(奏翔がいてくれるから大丈夫……ちゃんと話したいことを話せる気がする)


 家の前に来て、鍵を開ける。いつもと同じドアのはずなのに開けるときいつもより重く感じた。


 けれど、奏翔がずっと手を繋いでかれたおかげか何とか家の中に入ることができた。


「ただいま帰りました」

「お、お邪魔します」


 私と奏翔の声が聞こえたのかリビングの方からお帰りなさいとお母さんの声が聞こえてきた。


 一度深呼吸してから私は先頭を歩き、奏翔と一緒にリビングへ向かった。


 リビングにはお母さんとお父さんが横並びに座っており、私と奏翔はその向かい側へと座った。


 お母さんとお父さんには話す内容は伝えていないが今日、奏翔と来ることは伝えた。伝えたが、お母さんとお父さんは奏翔のことを私とどういう関係なのかという風に見ていた。


 話したいと言い出したのは私なので、私が話し出さないと何も始まらない。


「友達の福原奏翔くん」


 お母さんとお父さんに奏翔のことを紹介するとお母さんは口を開いた。


「福原くんのことは美月から聞いたことがあります。初めまして、美月の母の翔子です」

「父の神楽清春です」


 2人が挨拶をすると奏翔は、軽く頭を下げた。


「初めまして、福原奏翔です」


 お互い挨拶を終えるとお母さんは、奏翔、私を見てハッとした。


「美月。話ってもしかして結婚の話?」

「! ち、違います。奏翔くんが来てくれたのは私が側にいて欲しいって頼んだから来てくれただけです」

「そう……なら話って?」


 早めに仕事を切り上げて家に帰ってきたのたからしょうもない話だったら怒られそうな空気が部屋には流れている。


 その流れに怖いと思い、言葉が上手く出てこなかったが、奏翔がぎゅっと手を握り大丈夫だと言ってくれてるような気がして、何を今、話さなければならないのか思い出した。


 一度深呼吸し、私は、顔を上げてお母さんとお父さんの顔を見て、口を開いた。


「お母さん、お父さん。仕事が忙しいのはわかっています。ですが、1つだけ私のわがままを聞いてもらうことはできませんか?」


 ダメだと言われたら諦める。シーンと静まり返る中、お母さんとお父さんは顔を見合わせ、そしてお母さんは口を開いた。


「いいわよ。わがままって?」

「……小さい頃のように私はまた家族での時間を過ごしたい。2人が仕事が忙しいのはわかってます。けど、1人での夕食は寂しいから」


 いつまでも家で1人は寂しいと言う自分が子供っぽいことを言ってることはわかる。けど、子供の頃に言いたくても言えなかったことだから。


 言いたかったことを伝えると奏翔が、口を開いた。


「美月さんは、ずっと一緒の時間を過ごしたいと言えなかったんです。仕事が忙しいことがわかっていたから。仕事が大切なのはわかってます。ですが、美月さんとの時間を作ってあげてくれませんか?」


 私のためにお願いしてくれた奏翔の方をチラッと見ると目が合い、彼は優しく微笑みかけてくれた。


(ありがとう、奏翔……)


 私の言葉に、奏翔の言葉にお母さんは、申し訳なさそうな表情をしていた。


「ごめんなさい。美月の気持ちに気付けなくて。

お手伝いさんがいるから寂しくはないと思っていたのだけど、寂しい思いをさせてしまったみたいね。仕事が忙しくなってから家族より仕事を優先していた私は母親失格」


(……違う。私はお母さんに謝ってほしかったわけじゃない。私の言葉を聞いてほしかっただけ)


 お母さんは母親として少しダメなところがあるのかもしれない。けど、母親として失格だとまでは思っていない。


「私も美月の気持ちに気付けなくてすまなかった。親としての義務を果たさず、仕事に逃げていたと言ってもいい……」

 

 お父さんからもこんな言葉を聞きたかったわけじゃない。私はお母さんとお父さんと一緒に過ごしたいだけなのだから。




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