第27話 聞いてほしいこと
好きだ。自分の本当の気持ちに気付き、美月と二人っきりの帰り道。俺はいつもより彼女のことを意識してしまっていた。
いつもならくっつかれてドキドキしているのにすでに心臓がうるさい。
「奏翔、今日は楽しかったね」
「う、うん……そうだね」
「……ね、奏翔。これから時間ある?」
「時間? まぁ、あるけど……」
まだ何かやりたいことでもあるのだろうかと思っていると彼女はニコッと笑う。
「なら今から私がまだ奏翔と行ってないお店に行かない?」
「行ってないお店……?」
どこだろうか、俺が知っている場所だろうかと頭の中に自分が知っているカフェがいくつか出てきたがどれも違った。
「隣町のチョコレートケーキ。奏翔とはまだ食べてなかったから食べに行きたい」
どこの店かは知らないがチョコレートケーキと聞いて俺は美月と出会った日のことを思い出した。
確か先生からの頼みがなければチョコレートケーキを食べに行くと彼女は言っていた。あの時は奢るよと言われ、断ったので俺は食べには行っていない。
「あの店のチョコレートケーキは美味しいの。きっと疲れも吹き飛ぶ」
彼女の言葉に俺はすぐに気付いた。俺のいつもと違う様子に美月は心配してくれている。
心配をかけるのはダメだなと思い、俺は一度深呼吸し、彼女の誘いに乗った。
「ちょうど甘いものが食べたかったし行こっか」
「……うん!」
***
隣町まではそこまで遠くなかった。電車で移動し、少し歩いた先に昔からやっているような喫茶店がそこにはあった。
美月はここには小さい頃に来たことがあるようで、懐かしそうに店内を見て嬉しそうする。
何を頼むのかは決まっていたのですぐに俺と美月はチョコレートケーキを注文した。
メニュー表をパタリと閉じると美月は両肘をテーブルにつき、俺のことをじっと見る。
何だろう……いつもの表情より少し暗い気がする。そう思っていると彼女は口を開いた。
「ここね、私にとってはあんまり思い出したくない場所なの」
「……思い出したくない?」
「うん。だから大切な友達と来て楽しい思い出に塗り替えたかった……また来たかったけど、1人で来たら多分思い出したくないことを思い出すと思うから」
なぜ塗り替えたいのか、塗り替えたいほど嫌な思い出とは何か……彼女は話さないがこれは多分俺に聞いてほしいんだ。そうじゃなければ彼女は先ほどまでの話はしない。
「思い出したくない思い出……聞いてもいい?」
優しくそう問いかけると彼女は小さくコクりと頷いた。
***
この喫茶店に最後に来たのは幼稚園の頃。家族と来てチョコレートケーキを食べたことは今でも覚えている。
あの日は遊園地の帰りで偶然寄ったのがこの喫茶店だった。
とても楽しかった遊園地の帰りの後に食べたチョコレートケーキは凄く甘くて、また食べたいと思っていた。
「美月。遊園地、また家族で行きましょうね」
お母さんの優しい笑みに私は笑顔になるとお父さんも笑顔でこう言った。
「そうだな。で、またこの喫茶店に寄ろう」
「うん!」
また家族で一緒に、そう話していたけれど、遊園地も喫茶店にも家族で行くことはなく時は流れた。
ある日を境に両親共に仕事が忙しくなり、家族の時間がなくなった。忙しいことを知っていたからどこかへ行こうと私はわがままを言いたくても言えなかった。
朝8時から夕方までは家にお手伝いさんがいるがそこから寝るまでは私1人だ。寂しくないわけがなかった。寝る前に必ずあの時はこうだったとお母さんとお父さんの顔が浮かぶ。
それが私にとっては苦しかった。だから家族で行った場所はすべて思い出したくない。
「これが思い出したくない思い出になった理由」
全てを話し合えた美月の表情は笑顔だったが無理やり笑っているように見えた。
「美月はそれでいいの? 聞いてる限り美月はまた昔のように家族で楽しい思い出を作りたいように見えるけど」
「……そうしたいけど無理。親は私に興味ないし、最近はまともに会話してない。昔のようにまた家族で話したい。けど怖いの」
長い間、親と会話をしていない美月は次第に親と会うことさえ怖くなっていた。話しかけても相手から冷たい態度を感じていたから。
「怖いなら俺が隣にいるよ。一度ちゃんと家族で話し合ってみるのはどうかな」
「……奏翔、側にいてくれるの?」
「うん。美月がそうしてほしいなら」
「……私、一度ちゃんと話したい。奏翔、お願いしてもいい?」
彼女は真っ直ぐと俺のことを見て側にいてほしいとお願いする。
(美月は凄いな……話すことから逃げている俺とは違う)
「もちろん」
「ありがとう奏翔」
ふんわりとした笑みを浮かべた彼女はいつもの笑顔を見せてくれた。そしてチョコレートケーキが運ばれてきて彼女はさらにニコニコの笑顔になる。
「お待たせしましたチョコレートケーキです」
「ありがとうございます。奏翔、さっそく食べよ」
「うん、食べよっか」
***
チョコレートケーキは苦くなく甘くなく俺の好みの味だった。今度また美月と行こうと約束し、店を出て途中まで彼女と一緒に帰ることに。
「とっても美味しかったね」
「ふふん、でしょ? 苦くなく甘くないスイーツ。私、とっても好きなの」
「俺も好き」
「奏翔と私、結構好み似てる……。嬉しいな」
両手を合わせて嬉しそうに微笑む彼女を見て俺も嬉しい気持ちになる。
美月と楽しく帰るつもりが、突然後ろから名前を呼ばれたことで俺は昔の嫌なことを思い出した。
「奏翔?」
後ろを振り向くとそこには仕事帰りか、仕事中なのかわからないがスーツを着た自分の父親の姿があった。久しぶりに会ったけれど、俺は変わらず父親の顔を真っ直ぐと見れない。
「お父さん」
「隣にいるのは彼女かな?」
「友人だよ。神楽美月さん、中学からの付き合いなだけで彼女ではないよ」
そう言うとお父さんは俺と美月を交互に見て頷いた。
「そうか、友人は大切だ。神楽さん、初めまして奏翔の父、
「は、はい。初めまして、神楽美月です……奏翔くんとは仲良くさせてもらってます」
美月は緊張しているのか体がガチガチに固まっていた。
達也は俺のことをチラッと見てから美月の横に立ち小さな声で呟いた。
「友人か。これからも仲良くしてもらえると嬉しいよ」
「……は、はい」
達也が立ち去っていくと美月は暗い顔をして下を向いていたが、すぐに顔を上げる。
「美月、お父さんに何か言われてなかった?」
「これからも仲良くね、だって。いいお父さんだと思う」
そう言った美月は、髪を触り、ニコリと笑うのだった。
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