第29話 伝えたいこと②

 本当は家族との時間がほしいと伝えるだけだったが、私はお母さんとお父さんの言葉を聞いて言いたいことができた。


「お母さんとお父さんが家族より仕事を優先したこと、私はなかったことにはできない。けど、私はまた一緒に家族と同じ時間を過ごしたい」


 真っ直ぐと目を見て話すとお母さんは、頭を下げてから私のことを見た。


 いつぶりだろうか。お母さんが目を合わせて、優しい笑顔を向けてくれたのは。


「本当にごめんなさい。これまでのことを許してもらおうとは思ってないわ。これからは家族との時間を作るようにする」


「……ほんと? あっ……本当ですか?」


「えぇ、約束するわ。それと敬語じゃなくていいのよ。美月が話しやすいように話せばいい。ねぇ、清春さん」


「あぁ、そうだな。美月、すまなかった。私も父親としての義務を果たせてなかったことを許してもらえるとは思っていない。これからは家族を優先するし、時間が作れるようにする」


 小さい頃からお母さんとお父さんには敬語を使うようにお爺様から言われてきたので、敬語を使ってきた。けれど、距離を感じるから本当は敬語で話したくなかった。


「お母さん、お父さん……」

「今日は久しぶりにみんなで夕食を食べましょ。私が作るわ」


 お母さんはそう言ってイスから立ち上がり、キッチンへ向かう。すると隣にいた奏翔も席を立った。


「美月、俺は帰るよ」

「えっ、せっかくだから奏翔も……」


 食べていかないかと言おうとしたが、奏翔の目を見て言葉を止める。


「玄関まで送るよ」

「ありがとう」


 私も席を立ち、奏翔と玄関まで一緒に行く。握られた手は離れ、少し寂しい気持ちになる。


「奏翔、今日は本当にありがとう。奏翔のおかけで言いたいこと言えた……」

「うん、良かったよ。じゃあ、また学校で」

「……うん、また学校で」


 玄関で別れ、ドアが閉まると私は、自然と笑顔になる。


(奏翔にはお礼しないと……)




***



 人には家族とちゃんと話した方がいいと言っておいて俺はそれができていない。


(ほんとダメだよな、俺は……)


 父親、達也とはもうここ何年もまともに話せていない。この前、久しぶりに会った時、達也さんは俺と目を合わせることなく、ただ押し付けるようなことしか言わなかった。


 興味がないんだなと会う度に思わされて、話す気にもなれなくなっている。


 だから話すことに逃げてるんじゃなくて俺は話したくないから話さないんだ。それがダメだとわかっていても。


 美月の家を出て自分の家に向かって帰ろうとすると後ろから声がした。


「福原奏翔くんですか?」

「雪城さん?」


 後ろを振り返るとそこには雪城さんがいて、さらにその後ろには店から出てくる杏と羽田の姿があった。


「やはりそうでした。後ろ姿で気付いたので声をかけました。あーさん、福原くんが」


(杏、あーさんって呼ばれてるんだ)


 店から出てきた杏に雪城さんは俺と会ったことを教えると杏は羽田と一緒にこちらへやってきた。


「やっほ、かなっち。どっかからの帰り?」

「まぁ……そっちも?」

「ん、3人でショッピング。夕方だし、そろそろ帰るけどね」


 手にはたくさんの袋があったのでいろんな店を何件も回っていたことがわかった。買い物に付き添っていたのだろうかと羽田のことチラッと見る。すると、目が合った。


「福原、この2人と買い物はやめておいた方がいい。こき使われる」

「それは大丈夫じゃないな」

「羽田くん? 後でお話があります。私に今すぐ言いたいことは?」

「な、何もないです……」


 どういう関係なんだと思ってしまう羽田と雪城さんのやり取り。


「そろそろお開きにしましょう。羽田くん、途中まで付き添いお願いします」

「志帆のボディーガードになった覚えはないが?」


 羽田と雪城さんは、仲がいいのか悪いのかわからないまま駅の方へ向かって歩いていく。


「さて、かなっち。同じ方向だし一緒に帰ろうよ」

「途中までなら」


 今、1人になったらまたあの事を考えて気持ちが暗くなる。だから誰かと話していた方がいい。


「かなっち、神楽ちゃんと会ってたでしょ?」

「なぜわかったんだ。まさか……」

「ストーカーするわけないじゃん。ただの勘だよ。神楽ちゃんとはどうなの? 中学の頃から噂を否定してるけど」


 噂というのは付き合っていることだろう。友達として同じ時間を過ごしているだけなのに一緒にいるだけで噂されていた。それは中学だけでなく今もだ。


 彼女のことが好きだということは自分でも薄々気付いている。けれど、俺ははあんまり恋愛にいいイメージを持っていないため付き合いたいという気持ちは薄い。


「どうもないよ、付き合ってないし」


「ふ~ん、恋愛って何だろうね。私、中学の時、まあまあ仲良かった男子に好きじゃなくても試しに付き合ってほしいって言われて付き合ったことがあるけど、最後まで好きって感情はなかった。かなっちは好きって何だと思う?」


 杏の問いかけに以前の俺ならそれは自分も知りたいと言っていただろう。けど、今は思う。


「好きと感じる瞬間は人それぞれ。恋に正解なんてないと俺は思う」

「……そっか。何かかなっち、志帆っちみたいなこと言うね」

「志帆っち……あぁ、雪城さんのことか。そう言えば杏は雪城さんとは高校からの?」


 普通に質問したつもりだったが、杏は俺のことを見てニヤニヤし始める。


「まさか神楽さんがいるのに浮気するつもり? 神楽さんも狙ってるし、志帆っちも気になる感じなの? んん?」

「美月とは付き合ってないし、雪城さんが気になるから質問したわけじゃない」

「わかってるよ。志帆とは入学式の時に話して仲良くなった」


 目の前にある信号が赤に変わり、杏と俺は立ち止まる。その間、会話はなく、青に変わると杏は口を開いた。


「じゃ、またね。かなっち」

「うん、また」


 手を振ると杏は、走って去っていく。


(今頃、美月は家族と夕食を食べているだろうか。気になるし、明日、あの後どうなったか聞いてみよう)


 杏と別れると俺は1人寄り道をせず家に向かって歩いた。

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