第4話 約束

 翌日。教室に着き、カバンを机の横にかけると陽菜が駆け寄ってきた。その後ろから彼氏である大智……ではなく神楽さんもこちらへ歩いてきていた。


「奏翔、聞いて! みーちゃんの頬がぷにぷになの!」

「なぜ俺にその報告を?」


「奏翔くん、助けて……陽菜がぷにってくる」


 ゆっくりと歩き遅れてやってきた神楽さんは、そのまま俺に抱きつこうとしていたが、陽菜がいることを思い出し、手でぺしぺしと俺の腕を叩き、我慢した。


「ぷにってくるって……陽菜、嫌がってるみたいだしもうぷにるのなしな」


 みんなが頬をツンツンすることをぷにるというので自分も使ってみたが、後になって恥ずかしくなる。


「はーい。奏翔も触らせてもらったら?」

「別に触りたく────」

「奏翔くん、少しだけならぷにってもいいよ? 私のほっぺ、もちもち」


 言葉を遮ってきた神楽さんは、そう言って自分の頬を人差し指でツンツンとつつく。


「私は禁止されて、奏翔はオッケーとは……さすが奏翔。これは触らないと損だよ」


 何がさすがなのか、なぜ触らないと損なのか、いろいろ突っ込みたいが面倒なのでスルーしておく。


「奏翔くん、んっ」


 神楽さんは、グイッと距離を縮めてきて背伸びをした。


 触らせてあげようから触って欲しいに変わっている気がするんだが……。


 背伸びしているとだんだん疲れてきたのか足がプルプルと震えていた。


(見ているのは陽菜だけだし、ここは……)


 恐る恐る人差し指で神楽さんの頬をふにふにと触ると彼女は顔を赤くした。


「ど、どう……?」

「ど、どうって……うん、ふにふにでした」


 感想を述べると神楽さんはふにゃりと頬を緩ませ、嬉しそうにしていた。


「みーちゃん、可愛い! むぎゅ~」

「むむっ、むぎゅーは私からやりたかった……」


 ぎゅーと抱きしめられた神楽さんはそう言って陽菜の体に手を回して抱きしめる。


 目の前で何を見せられているんだろうと思いながら1限目の用意をしていると遅れて登校してきた大智がこちらへやって来た。


「いや~遅刻するかと思った……」

「珍しいな。何かあったのか?」


 大智はいつも俺より早めに来ているので、遅刻するような奴ではない。となると何かあったから学校へ来るのが遅くなったのだろう。


「今朝、お父さんとちょっと言い合いになってそれで遅くなった。はぁ~、今日は家に帰りたくない」

「じゃあ、私の家泊まりに来る? 私のお父さんが許さないかもしれないけど」

「それダメなやつじゃん……」

 

 朝から疲れたような顔をする大智に神楽さんから離れた陽菜は「よしよし」と言いながら優しく頭を撫でていた。


「神楽さん、イチャイチャカップルは放って置いて1限目、移動教室だし先に行こっか」

「うん、行こっ」


 大智と陽菜を置いて俺と神楽さんは先に教室を出る。すると、神楽さんが「あっ」と声を漏らした。彼女の視線の先には心愛がいた。


 心愛を見つけると神楽さんは「ちょっと持ってて」と言って俺に持っていた教科書とペンケースを渡してきた。


 何をするのかと見ていると神楽さんは心愛に抱きついた。


「心愛、おはよ」

「あっ、美月ちゃん。急に抱きつかれたからビックリしたよ」

「えへへ、会えて嬉しかったから」


 神楽さんの親しい友人に抱きつくのはもう見慣れた光景だ。


 神楽さんが離れると心愛は俺に気付き、手を振った。


「奏翔くん、おはよう」

「おはよ、心愛」

「昨日のプリン、美味しかったね」

「そうだね。キャラメルプリンって甘すぎるからあんまり食べないけどあの店のプリンは美味しかったよ」


 昨夜のことを心愛と話していると視線を感じて、そちらを向くとそこには羨ましそうにしている神楽さんの姿があった。


「じぇ……2人で甘いもの食べたんだ……」

「あっ、今度は美月ちゃんも一緒に駅前にあるカフェのプリン食べに行く? ね、奏翔くん」


 神楽さんを誘った心愛はなぜか俺も誘う。俺は昨日、プリン食べたんだけど……。


「行く。奏翔くんも来てくれる?」

「俺も?」

「うん。放課後デート」

「心愛も行くならデートではないと思うけど」

「ならハーレムデート」


 ハーレムかぁ……何だか行きたくなくなった。女子2人と陰キャ寄りの自分が放課後に出かけるなんて周りからどう思われることか……。


 あまり周りの目は気にしないタイプだが、女子2人とカフェとか落ち着かないし、気にしないようにしても気になってしまうだろう。


 そんなことを気にしていると心の中を読んだのか心愛がある提案をした。


「カフェで各自食べたいものをお持ち帰りにして私の家でみんなで食べない? 今、家にオススメの紅茶があるからそれと一緒に」


「いいと思う、私は賛成……。奏翔くんはどうする?」


 即答した神楽さんはこちらを見て、どうするかと尋ね、俺の答えを待つ。


 家なら他な人はいないわけだし、落ち着いて食べられるし、人の視線は気にならない。


「俺もいいかな?」

「もちろんだよ」

「やったっ。じゃあ、放課後は一緒に帰ろ? またね、心愛」

「うん、放課後にね」


 放課後の約束をしていると移動教室に行くことをすっかり忘れており、俺と神楽さんは心愛と別れ急いで移動教室へと向かった。


 放課後が楽しみなのか神楽さんは授業中、ずっとニコニコしていた。



***



 放課後になると俺と神楽さんは隣の教室の前で心愛のことを待っていた。


 待っている間、神楽さんは無意識に体を横に揺らしていた。


(楽しみなんだろうなぁ……)


「奏翔は、昨日食べたみたいだけど、キャラメルプリンどうだった?」

「美味しかったよ」

「そうなんだ。今日も食べる?」

「んー、他のスイーツもあったし、今日は他のにしようかな」


 心愛が来るまでの間、神楽さんとスイーツの話をしていると誰かから連絡が来たのか彼女はスマホを取り出し、そして画面を見ると体をビクッとさせた。


「ピンチ……奏翔、ごめん。私、早く帰らないと。心愛に行けなくなったって言っといて」

「何かあったの?」

「うん、ちょっと……また明日ね」


 何があったのかは教えてくれず神楽さんは走り去っていく。一瞬だったので気のせいかもしれないが、彼女の表情が暗かった。


(大丈夫かな……)


 彼女が行った方を見つめていると教室から出てきた心愛が声をかけてきた。


「お待たせ、奏翔くん。美月ちゃんは?」

「あっ、心愛。神楽さん、急用ができたみたいで行けないって……」

「そうなんだ……。ならまた今度にしよっか。美月ちゃんがいる時に」

「そうだね」


 プリンを食べたがっていた神楽さんがいないため、この日はそのまま家に帰ることになった。






   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る