第3話 水島心愛とカフェ

 俺が足りないと言ってくっつくこと数分。恐れていたことが起きようとしていた。


 だが、俺が心配しすぎなだけだった。足音がしてお母さんがリビングへ来ることがわかり、彼女に声をかけようしたその時、さっきまでくっついていた神楽さんは俺から離れていた。


「美月ちゃん、奏翔。オムライスできたから運ぶの少し手伝ってくれる?」

「あっ、手伝います」


 ソファから立ち上がった神楽さんは、先程まで甘えていたがシャキッとしておりスタスタとキッチンの方へ向かった。


 なるほど、これが彼女の言っていた切り替えというやつか。


 遅れて俺もキッチンへ行って、お皿をテーブルへと運ぶ。


 食卓に一通り並ぶと俺と神楽さんは並んで座り、向かい側にお母さんが座った。


「とても美味しそうです。紗希さん、お料理上手です」

「ふふふ、ありがとう」


 手を合わせてオムライスを1口食べると隣にいる神楽さんから声にならないものが聞こえてきた。


「ん~幸せ……紗希さん、オムライス、ふわふわとろとろです」

「ふふっ、それは良かったわ。いい表情をして食べるわね、美月ちゃん」


 お母さんが言うことはよくわかる。神楽さんは美味しいものを食べるとき、とても幸せそうな表情をする。こちらまで幸せな気持ちになるような表情を。


 神楽さんがいたからか今日の夕食は久しぶりに賑やかだった。今、俺は、ふわふわしたような感覚で幸せな気持ちで一杯だ。


「夕食ありがとうございます。とっても美味しかったです」

「またいつでも遊びに来てね。次は唐揚げにしようかしら」


 もう次来たときのことを考え出すお母さんの姿に神楽さんはクスリと笑い、「お邪魔しました」と言ってからペコリと一礼した。


 外ももう暗いので送っていくことにした俺も彼女と家を出る。並んで彼女の家に向かって歩き出すと神楽さんは俺の顔を覗き込み、嬉しそうな表情をした。


「奏翔、幸せそう」

「……そうか?」


 幸せに気持ちにはなっていたが、それが顔に出ていたかは自分ではわからない。けど、俺は幸せそうな表情をしていたのか。


 彼女の言葉に気付かされると突然神楽さんに頬をぷにぷにと触られた。


「奏翔、あんまり笑ってるところみないからレア」

「神楽さんの笑顔も中々レアだと思うけど……」


 神楽さんは甘いものを食べた時と可愛いものを見つけた時に笑うことがあるが、学校では笑っているところをみたことがない。


 俺もあまり笑うタイプではない。というか笑顔があまり得意ではない。


 口角を上げて笑顔になろうとすると横から抱きつかれた。


「かなと、ぎゅ~」

「かっ、神楽さん!?」


 急に抱きつかれて俺は辺りを見渡す。人はいないがここは外だ。こんなところを誰かに見られたら……。


「決めた……私、奏翔のいろんな表情見たいからこれから奏翔にいろんなことするね」

「いろんなこと?」

「うん……覚悟してて」


 そう言って神楽さんは俺から離れ、そして小悪魔のような笑みを浮かべた。




***




 翌日の放課後は週に2日働いているバイトがあり、学校が終わるとそのままバイト先であるカフェへ向かった。


 カフェで数時間働き、終わった頃には午後8時を回っていた。


「お疲れ様です」


 荷物をまとめ、休憩室へ行くとさらさらで綺麗なブロンドの髪を持つ少女が座っていたので声をかけると彼女は後ろを振り返った。


「あっ、奏翔くん。お疲れ様。今、上がり?」

「うん」

「じゃあ、途中まで一緒に帰らない? 私も今から帰るところだから」


 そう言って椅子から立ち上がった彼女は同じ高校に通っている水島心愛みずしまこあ。幼馴染みだ。


 クラスは違うが、バイトが同じでよく話す関係。成績優秀、スタイル抜群、笑顔が眩しいところから学校では「天使」と呼ばれている。


「うん、いいよ。駅まで一緒に帰ろっか」

「うん」


 嬉しそうに頷いた彼女の笑顔はまさに天使。働き疲れたが、この笑顔を見て癒された気がする。


 カフェを出て駅まで一緒に歩くと駅前にとあるカフェがあり、心愛はそこで立ち止まった。


「そう言えばここのカフェ。キャラメルプリンが美味しいみたいだよ」

「へぇ、知らなかった」


 通りかかることはあるが、中には一度も入ったことがないカフェなので初めて知った。


「疲れたときは甘いものが食べたくなるね」

「そうだね。言われたらお腹空いてきた」

 

 家に何かスイーツでもあったかなと思い出していると心愛が、カフェの方へと少し近づいた。


「食べて帰らない?」

「お持ち帰りじゃなく?」

「うん。バイト帰りに寄り道。少し悪いことをしているみたいでずっとやってみたかったの」


 悪いことではないが、心愛はいたずらっぽく笑った。


 バイトがある日はいつも夕飯は自分でどうにかしている。今日も帰ってから作って食べるつもりだったが、ここのカフェで夕飯を済まそう。プリンだけじゃなく他にもメニューあるみたいだし。


「心愛は夕飯食べてきてるんだっけ?」

「ううん、まだだよ」

「じゃあ、ここで食べていこっか」

「うん、賛成」


 お母さんには駅前のカフェで夕飯を食べて帰ることをメッセージで伝え、心愛とカフェへと入る。


 自分が働いているところとまた雰囲気が違って落ち着いた空間がそこにはあった。


 店員さんに2人席へと案内されると俺と心愛はメニュー表を見た。


「私、サンドイッチにしようかな。後、せっかくだから食後にキャラメルプリンを」

「サンドイッチか……」


 サンドイッチが載ったページのところを人差し指でなぞるようにしていると心愛がちょんとその指をつついた。  


「私のオススメは卵とハムのサンドイッチかな。前に一度食べたんだけど美味しかったよ」

「!」


 メニュー表から顔を上げると心愛と目があった。顔が近すぎて、離さないといけないのに綺麗な瞳から目がそらせない。


「奏翔くん?」

「! ごっ、ごめん、ぼっーとしてた……。心愛のオススメにしようかな」

「うん」

「後、キャラメルプリンをつけて」


 お互い頼むものが決まると注文し、店員さんが立ち去ると心愛は真っ直ぐとこちらを見た。


「キャラメルプリン。美月ちゃん好きそうだね」

「そうだね。神楽さん、甘いものに目がないから」


 心愛は神楽さんとは委員会が一緒らしくたまに話すらしい。


「で、奏翔くん。美月ちゃんとはどうなの?」

「どうとは?」

「仲いいからどうなのかなって」

「別に俺と神楽さんの間には何もないよ。友達ってだけだし」

「ふ~ん。奏翔くん、にぶにぶだね?」

「にぶにぶ? それはどういう……」

「教えてあげたいけど教えません。自分で気付いてこそ意味があるから」


 そう言って注文してテーブルに置かれた紅茶が入ったティーカップの取っ手を握った。






               【第4話 約束】

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