第12話 偽りのない気持ち

「じゃあ、そろそろ帰るね」

「うん、今日は数学教えてくれてありがとう」


 プリンを食べて勉強を2時間ほどするとあっという間に外は真っ暗だった。


 テーブルに広げていた教科書やペンケースをリュックに入れていると俺はあることを思い出す。


「あっ、プリン代……」

「お金はその貯金箱みたいなところに入れてくれる?」

「うん、わかった」


 財布から640円を取り出し、言われた通り貯金箱のようなところに入れた。


 帰る準備ができると玄関へ行って靴を履く。すると玄関まで来てくれた美月は、俺に紙袋を手渡した。


「何これ?」

「鶏胸肉のねぎ炒め。夜ご飯に食べるものなんだけど、作りすぎたからお裾分け」

「もらっていいの?」

「うん。奏翔は、きっと美味しそうに食べてくれるから」

「……ありがとう」


 紙袋の中身を確認するとタッパーが入っており、見た感じ1人分ではないことがわかった。


(こんなにもらっていいのかな……)


「お邪魔しました。また学校で」

「うん、また明日学校で」

 


***



 翌日。学校へ向かっていると心愛と偶然会い、一緒に登校することにした。いつも心愛は、友達と登校しているそうだが、今日はその友達が予定があり早めに学校へ行ったらしい。


「奏翔くんとこうして一緒に学校に行くのって久しぶりだね」

「そうだね。小学校の時はよく一緒に行ってたけど」


 家が近いことから心愛とはよく一緒に学校へ行っていた。家族同士の交流もよくあり、小さい頃はよくどちらかの家でお泊まりもしていた。


 中学になってからお互い友達ができて、その家族同士の交流はなくなったが、俺と心愛の仲が悪くなったりはしていない。


 お互い本を読むのが好きなので、オススメの本があれば教え合っている。


「そう言えば、杏ちゃんとのデート。上手く行ったらしいね」

「うん」

「杏ちゃんとは仲いいの?」

「中学1年生の時、クラスが一緒で話したぐらいの仲だよ。心愛は?」

「私は杏ちゃんとは中学では一度も同じクラスになったことないんだけど、高校で少し話して仲良くなったって感じかな」


 今思うと杏のコミュニケーション能力は凄い。人の好き嫌いはあるらしいが、男女問わず仲良くしているところをよく見かける。


「で、美月ちゃんとはどう? 昨日、やっとプリンを食べることができたって聞いたよ」

「あぁ、うん。美月、幸せそうに食べてたよ」

「…………」


 おかしなことを言ったつもりはないが、心愛は驚いたような顔をしていた。


「良かったね、美月ちゃん。奏翔くんが中々下の名前で呼んでくれないって悩んでたから」

「あっ……」

「今度、会ったら美月ちゃんに詳しく聞こうかな。奏翔くんが初めて名前呼んだ時、照れながら言ってたか気になるし」


 口元に手を当てて小悪魔のような笑みを浮かべる心愛。


「気にならなくていいよ」

「ふふっ、気になるものは気になります」


 信号が赤で止まっていたが、青に変わり、先に心愛が歩き始めようと一歩前に進むところで、赤信号というのに車が通ろうとしていた。それにすぐ気付いた俺は咄嗟に心愛の腕を掴み、後ろへ引っ張った。


「心愛」

「!」


 後ろへ下がると車が前を通り、周りにいた歩行者がざわざわしていた。


「赤信号なのに危なすぎるだろ……。心愛、大丈夫?」

「だ、大丈夫……ありがとう、奏翔くん」


 心愛はそう言って俺に体を預け、服をぎゅっと握ってきた。その手は小さく震えており、俺は優しく握った。


「歩けそう?」

「うん……」


 コクりと頷いた心愛は、ゆっくりと俺から離れ、大丈夫だとニコリと笑う。そして歩き始めたので俺も遅れて学校へ向かった。


 学校へ着くと門の前で美月と会い、3人で校舎の中へと入っていく。


「心愛と奏翔くんが一緒なんて珍しい……」

「偶然会ったの。美月ちゃんは、いつも國見さんと来てなかったっけ?」

「うん。陽菜は彼氏と登校……イチャイチャは邪魔できない」

「確かにそれは邪魔できないね」


 女子2人が話しているのに俺は会話に入れず、先に教室へ行き、席に着くと先に来ていた大智に声をかけられた。


「よっ、奏翔。おはよ」

「おはよ」


 椅子に座ると大智は前の席の椅子を借りてそこへ座った。


「昨日の神楽さんとの勉強はどうだったんだ?」

「どうって……普通の勉強会だったよ」

「いやいや、女子と二人っきりで何もない方が不思議だって」

「不思議で悪かったな」

「いや、別に悪いとは思ってないから」


 大智とたいして盛り上がらない恋愛トークをしているとクラスメイトと話していた陽菜がこちらへ来て元気に挨拶してきた。


「おっはよ、奏翔。みーちゃんの名前、呼べるようになったんだって?」

「おはよ、陽菜。もしかして美月から聞いたのか?」

「そうだよ。この前、遊びに行った時に聞いたの。羨ましいでしょ?」

「何が?」


 俺が美月のことを下の名前で呼んだということを聞いた、ということを聞いても全く羨ましいとは思わないんだが。


「名前のことじゃないよ? みーちゃんとショッピングモールに遊びに行ったことだよ」

「あぁ、そっち。羨ましいとは思ってないけど」

「えぇ~。そういやみーちゃんは? 奏翔のこと待つって言って校門で待ってるはずだけど」

「美月とは会ったよ。心愛と一緒にいる」

「そうなんだ」


 美月は校門で待っていた。何も言われてないが、俺に用でもあったのかな。



***



「じゃあ、またね美月ちゃん」


 教室の前に来て、美月と別れようとする心愛。だが、美月は心愛の手を優しく取った。


「待って、心愛……1つ聞いてもいい?」

「? どうかしたの?」


 心愛が優しく問いかけると美月は真っ直ぐと彼女のことを見つめた。


「心愛は恋愛の意味で奏翔のこと好き?」

「えっ、わ、私が奏翔くんのことを? 私は奏翔くんをそういう風には見たことないな……」


 ニコリと微笑み、異性として好きではないと心愛は言ったが、美月は納得していなかった。


「そう、なの?」

「……うん、本当だよ。奏翔くんは幼馴染みで大切な人だけど、異性としては見てないよ」


 美月が奏翔のことをハッキリと異性として好きと言ったことはないが、心愛はわかっていた。美月は奏翔のこと好きだと。


「そっか……ごめん、変なこと聞いて。どうなのか気になって」

「大丈夫だよ。じゃあ、またね美月ちゃん」

「うん」


(そう、私は美月ちゃんの恋を応援したい。私のこの気持ちには偽りはないはず……)




 


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