第9話 寺川杏との偽デート①
しつこく付きまとう人を騙すため寺川さんとショッピングモールデートをする当日。
女子と出掛けたことはあるが、デートというものを経験したことのない俺は準備段階から大変だった。
嘘のデートとはいえ、相手にそれが演技だと見抜かれてしまっては意味がない。だから今回、本当の恋人のように振る舞わなければならない。
まず困ったのは服装。いつも外出するときに着ているものでいいのかわからず、彼女持ちの大智に相談した。相談した結果、何とか服装は決まったが、大智に神楽さんとデートでもするのかと誤解された。友達だよと言ったが、誤解は解けず。
服装の次にデートで気を付けた方が良いことをネットで調べ、何となく学んだ。ガッツリ暗記してしまうとおそらく色んなことに気を使ってしまい、明日のショッピングモールが楽しめない。俺が楽しんでいないとおそらく相手は怪しむだろう。
「ヤバい、ドキドキしてきた……」
準備はバッチリだが、待ち合わせについた俺はずっとドキドキしていた。嘘とはいえ女子とデートすることも、寺川さんと外で遊ぶことも初めてだ。
時計を見て時間を確認していると足音が聞こえ、名前を呼ばれた。
「かなっち……いや、奏翔、おはよ。待った?」
いつもの呼び方を変えて明るいテンションで現れたのは寺川杏。今日も学校で見かける時と同じくオシャレに気合いが入っていた。
黒のシャツを着ておりその上に白の薄いカーディガンを羽織っている。下は寒くないのかと思うほど短めなズボン。
そして黒のキャップ帽に金色のさらさらな髪は、団子でまとめていた。
(ズボンが短すぎる……変な男が寄ってきそうなぐらい……)
一度見たら誰もが二度みしてしまう太ももから目をそらす。だが、そうしたときにはもう遅くて、寺川さんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「奏翔くん奏翔くん、どこ見てるの~?」
「っ、どこも見てない……」
「んん~? ほんとかなぁ。今日は好きなだけ見ていいんだよ。2人だけなんだから」
寺川さんはそう言って自分の太ももへと視線を向ける。見てはいけないはずなのに自然と俺の視線もそちらへいきそうになり、頬を軽く叩く。
(見たら寺川さんの思う壺だ)
「見ないから」
「ちぇ~、あっ、かなっち、今日はさん付けなしだからね?」
こそっと耳打ちされ、俺は小さく頷く。恋人に見えなければならないから呼び方は大事だ。
寺川さん、ではなく、杏はキョロキョロと辺りを見回した後カバンからスマホを取り出し、メモらしきものを俺に無言で見せた。
『ストーカー男がつけてきてる。ほんとしつこい。彼氏役、頼んだよ?』
(マジですか……)
ストーカーが誰かわからないが、杏によると後をつけてきているらしい。
「じゃ、奏翔。電車もうすぐ来るみたいだし行こっか」
手を出した杏はニコッと笑い、俺は頷いてから彼女の手を取り、優しく握った。
電車は、休みの日だからか混んでおり、俺と彼女はほぼ密着した状態で乗っていた。
知らない人とくっつくよりマシだが、肌が凄い見える服を着ている杏とこんなにもくっつくのは男の俺としてはかなりヤバい。
この密着状態で動かれるともっと困るのだが、杏は小悪魔なような表情で俺の胸に持たれ掛かってきた。
「奏翔、ドキドキしてるでしょ? 伝わってくるよ」
(なっ、そういうイタズラは今されると物凄く困るんですが!?)
ドキドキ状態はしばらく続き、電車から降りると解放感があった。改札を抜けると杏はすぐに手を繋いで俺にくっついてきた。
「いや~、混んでたね」
「だな。まぁ、休日だし」
今のところ誰が見ても俺と杏はカップルに見えるだろう。緊張して慣れてない感は出したらダメだ。
「ね、着いてからなんだけど、お昼でもいい? お昼にはちょっと早いけど、早めの方が食べるところ空いてると思うし」
「うん、いいよ。着いたら食べよっか」
今朝は早めに食べたし、お腹は少し空いている。昼食時間の少し前でも大丈夫だ。
「ねね、前から聞きたかったんだけど、奏翔は幼馴染みのこあこあか、仲良さげな神楽さん。どっちが好きなの?」
「それは恋愛的な意味か?」
「そりゃそうじゃん。彼女候補っぽい子がいるのに何で奏翔には彼女がいないのか不思議だったんだよねぇ」
彼女候補っぽい子……心愛は幼馴染みで、美月は友達だ。恋愛に発展するような感じではないと思うが……。
「どっちも好きだが、それは恋愛的な意味ではないな」
「え~、つまらないなぁ。ならどんな子がタイプ? 大きなものをお持ちのこあこあみたいな清楚系? それとも私みたいな元気な子?」
大きいものが何かは聞かなくても何となくわかる。確かに心愛はそうだな、うん。
「笑顔が素敵で優しい人がタイプ」
「普通の回答、つまんない。けど、何となく予想はついたよ」
(いや、特定できるようなことは言ってないんだけど……)
恋愛トークを話しながら、ショッピングモールへ入ると、杏はグイッと俺の手を引いてフロアマップの方へと走っていった。
マップの前へ行くと杏は食べ物の店を見て、何を食べようかと悩んでいた。
「新作のフラぺにするか……いや、オムライスの気分でもあるんだよねぇ」
「昼にフラぺって……」
俺としてはあり得ない。昼食にパンケーキやアイスと甘いものを食べることが。そういうスイーツは3時に食べるものではないだろうか。
「奏翔はわかってないなぁ。フラぺに食べる時間は決まってないの」
「はいはい、わかってなくてすみませんね」
「わかればよろしい。お昼、オムライス食べたいんだけど、この店でもいい?」
杏が指差した店はオムライスの店だった。フラぺはどうやら止めたらしい。
「いいよ。じゃあ、行こっか」
「うん、行こう!」
***
オムライスの店へと着くと店員さんに2人席へと案内された。俺はケチャップオムライスを、杏はデミグラスオムライスを注文し、雑談して待つことに。
杏に聞いてみたが、ストーカー男は店にまでは入ってきていないらしい。いるとしたら店の外だろう。にしてもどこまで見張っているんだろうか。
「そういや、奏翔ってこれまでデートしたことある?」
「いや、ないけど」
「ほんと? 何か慣れてる感あって、初デートとは思えないんだけど」
「そう思われるよう振る舞ってるからな」
「お得意の演技だね?」
「お得意ではないが……」
幼い頃にお芝居が好きで演技を学んでいたことがある。今はまぁ、興味がなくなりやめたが。
「そう言えば何で俺を彼氏役にしたんだ? 杏なら他に仲のいい男子がいたはずだと思うけど」
「私を男子好きな女にしないでよ。胸ばかり見る変態男子のことを私は友達と思ったことはないよ。本当に友達と思ったことがあるのは奏翔ともう1人くらいかな」
「友達だから頼んだと?」
「んーまぁ、そうかな」
その言い方だと頼んだ理由は他にもありそうだが、聞いても教えてくれなさそうな気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます