二十四 音信不通
真介があたしを未来の妻にすると話して以来、真介の存在は、父を亡くしたあたしの気持ちを変えた。単に真介が以前より身近になっただけではない。
真介はここR市のM大医学部へ通い、週末になると、あたしに会いに来た。真介は、あたしの高校受験の家庭教師をしている気らしかったが、勉強でわからないところがないあたしは、真介から教えてもらうことは何もなかった。
あたしが幼いときから、真介はあたしの家や母の実家に来ていた。
真介が訪ねてくると、父も母も我家の兄が帰ったかのようにふるまっていた。
その当時、あたしの未来の旦那さんなんて印象はどこにもなかった。
真介が今まで以上に身近な存在になっただけで、あたしは父が亡くなった悲しみから抜けだせたのに、毎週会うようになって、あたしはさらにおちついた。
母も祖父母も、あたしと同じように、真介のことを思っていたのかも知れない。
あたしはM大医学部に通っているしんちゃんの許嫁、しんちゃんは未来の夫だ・・・。
まわりの同級生が受験であたふたしているあいだ、あたしはどっしりと構えて受験に取り組んだ。
翌春。
何事もなく地元のR高校に入学した。R高校は旧女子校の流れをくむ進学校で女子が多い。あたしは弓道部に入った。勉強と弓道と週末は真介に会う日々が続いた。あたしは真介に、
「毎週、会いにこなくても、あたしは元気だよ」
と伝えた。会えなくてもスマホで話ができる。あたしは弓道に没頭したが、真介が話したとおり、母方の二階堂の血筋なのだろう。高校の成績はずっとトップだった。
高校の成績が優秀だったから、真介が話したとおり、推薦で大学に入った。そして運がいいことに、大学のすぐ近くにペットと同居可のアパートが見つかった。
というのも、中三の秋、父が他界したあと、家で飼っていた三毛猫のミケが、子猫のトラを残して他界した。あたしと祖父で、あたしが幼いころに遊んだ庭の、柿の木の下の、祠のそばにミケを埋葬してあげた。
「トラ。あたしがいるから安心しろ。あたしにはしんちゃんがいるから、安心してる。トラもあたしがいるから、安心しろよ・・・」
あたしはピイピイ鳴くトラにミルクを飲ませながら、トラを育てる決意をした。
そして、大学に入ったあたしは、三歳になったトラをアパートへ連れていった。
入学と同時に、小顔で童顔、身長が伸びて百七十センチになったあたしは目立っていた。男女を問わず、あたしの周囲に学生が集ってきた。それでヒールの高い靴を履いて大学へ行った。
トラを子育てするあたしには、未来の夫のしんちゃんがいる・・・。男はじゃまだ・・・。
男たちはあたしを見あげ、あたしは男たちを見さげて話す。
しだいに、あたしは男たちから敬遠されるようになった。思ったとおりだった。
そんな状況を見ていたのが、親しくなったあの瀬田亜紀と松岡悦子と野本雅子と川田恵だ。彼女たちはあたしの魂胆を見抜いていた。あたしは周囲に近寄る男をいっさい相手にしなかった。
あたしが大学に入ると、真介は引っ越しの手伝いに一度だけアパートに来たが、その後はあたしに会いに来なかった。そればかりか、勉学で多忙だといって音信不通になっていた。
「なあ、トラ。あたしのしんちゃんはどうしてるんだろうね・・・」
あたしはミルクを飲むトラを見ながら、真介のことを考えていた。
高校のとき弓道に夢中で、しんちゃんを無視していたせいかもしれない・・・。
そう思って、母に真介のことを尋ねても、
「しんちゃんは、将来のことを考えていろいろ忙しいのよ。
あなたのことは忘れていないから、安心なさい」
というだけで、それ以上のことは教えてくれない。
まあ、あたしとしんちゃんの関係は、親戚も認めた深い仲だから、心配しなくていいか・・・。
深い仲といえば、気持ちの部分だけで、小さいときに抱きしめられただけだなあ・・・。
もっと、ロマンチックにギュッと抱きしめられて、しんちゃんの脳裡に、この若いあたしを印象づけておくべきだったか・・・。
しんちゃんのことだ。ぼんくらな所がある。そんなことでは変らないか・・・。
そうだな。変ったら、しんちゃんらしさがなくなる・・・。
そうこうするあいだに、あたしは大学二年の初夏になった。
その間、真介は音信不通のクソバカになった。
その後の母によれば、クソバカは医学部を卒業して、大学院へ進学するといっていた。
そして、今、そのクソバカの真介は目の前にいる。
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