三十四 婚姻届は「中林」

 あたしは、まだ外にいるだろう伊藤さん親子を気にして、トラに思いを伝えた。

『ねえ、トラ。あのふたり、何か、あたしたちと関わりがあるのかな?

 出会いに偶然はないよね。息子が医学部というのも気になるよね。

 また、埴山比売神さん、何か知りたいのかな?ミッションかな?』


『うむ・・。そうじゃと思うが、真意がわからん。

 あのふたりの間にトラブルはなさそうじゃ・・・。

 真介はどう思う?』

『これから、何かあるんだろうね。さあ、荷物を運ぼうか』

 真介が本棚の本を脱衣駕籠に入れはじめた。



 ふたりで本を二階の部屋のリビングへ運んで本棚が空になった。

 真介は本棚を分解している。

 あたしはつぎに分解するベッドの上から、寝具を二階のリビングへ運んだ。


 寝具を運び終えたころ、真介が本棚を分解し終えて、本棚のパーツを二階の真介の部屋へ運んだ。

「本棚を組み立てるのはあとにする。ベッドを分解して運び、机とテーブルを運ぶ」

 真介はベッドを分解している。

 真介から、あたしを一人だけにしておきたくない思いが伝わってきた。 


 あたしは衣類とテレビ、パソコン、クッション、机の照明スタンド、机の引きだし、お風呂と洗面道具、工具箱、大工セット、油彩道具などをリビングに運んだ。

 そのあいだに、真介はベッドを分解して二階の真介の部屋へ運び、机と椅子、テーブルを運んだ。


 二階の部屋のリビングは運んだ物でフローリングが見えなくなった。

「全部運んだから、下を掃除してくる」

 あたしは真介に掃除機と雑巾を持たせ、部屋を施錠して真介の部屋へ行った。



 一階の真介の部屋は、ダイニングキッチンの家電と棚や引き出しの食器とキッチン道具をのぞけばガランとして、今までここに真介がいたようには思えなかった。


「電気と水道の契約を解除してね。休みでも、手続きできるはずだよ」

「わかった。すぐに連絡する・・・」

 真介はその場から、電気会社と水道局へ連絡した。

「これで良しだ。

 住所はさなえと同じにしてあるから、変更の届けは必要無しだ。

 郵便局の住所変更は月曜に、不動産屋に会ってからする」

 真介の言葉をあたしは妙に思った。

「しんちゃん。住所があたしと同じってどういうこと?」


「さなえの住民票は実家のままだろう。僕もさなえの家にしといたよ。

 だから、婚姻届けも、さなえと同じにして、中林にしておくよ」

「・・・」

 あたしは何もいえなくなった。

「ウン?どうした?」

 真介が掃除機をうごかす手を止めた。


「ウエーン・・・」

 あたしは泣きながら、雑巾がけをした。

「どうした?トラ、さなえはどうしたんだ?」

 真介があたしの背中のリュックに話している。トラはリュックの中だ。

「どうした?何ごとぞね?いい気持ちで寝ておったのに・・・。

 ここはええぞ。ゆられて、ゆりかごのようじゃよ・・・」

「さなえが泣いてる!どうしたんだ?」


「うるさい!早く掃除機をかけて、雑巾がけしろよ!」

 あたしは真介にそういってやった。

 やはりしんちゃんはぼんくらだ!あたしは悲しいんじゃない!

 あたしの気持ちをわかっていない!


「真介。サナの気持ちがわかったか?サナはとっても喜んどるぞ!

 サナ。良かったのう!」

「うん。あちこち引っ越さなくていいんだ!

 再来年、実家の周りに就職先を見つける。

 それでいいよね?」

 あたしは真介を見つめた。

 真介はあたしを見た。やっと納得したらしい。


「ああ、いいよ。僕も地元の総合病院を考えてる。

 だけど、さなえの卒業年と、僕の終了年がちがうぞ・・・」

「あっ・・・、そうか・・・。そしたら、上を目指す!決めた!

 掃除機かけ終わったね。そしたら、はい。雑巾がけしてね」

 あたしは真介に雑巾を持たせた。


 なにか決めるときは、深刻に考えなくても、ひょんな事がきっかけで決る。あたしの場合はそういうことが多い。

 今となっては、それがいい加減な理由で決まって行くのではなく、きっかけがあるのが良くわかる・・・。道筋が決っているのだ。まちがわずに、謎解きすればいいのだ・・・。


「上って、進学するのか?」

「うん・・・」

「それもいいか・・・」

 しんちゃんは不満そうだ。

 だけど、こんなことは今ここで議論しなくていい。

 謎解きが正解ならことはうまく進むし、まちがっていれば、すぐ結論は出る。

 とにかく今は掃除が先だ。


「掃除しようね」

「ああ、もう、終る・・・。

 戸締まりして、二階の本棚とベッドを組み立てる。

 その前に、昼飯にしよう。食べるのを忘れてた・・・」


「ああっ、ほんとだ!

 トラ。何もしてないんだから、それくらい教えてくれればいいのに」

「二人、なかよくしとるのに、わしで出たら、じゃまじゃろうに・・・」


「そんなこといって。寝てたんだろう?」と真介。

「あははっ、高みの見物じゃよ・・・」


「さあ、終ったよ。戸締まりしようね。昼飯はハンバーガーにしようね」

 また、真介とトラが作ったハンバーグが冷蔵庫に残っている。

「ハンバガか?ハンバカか、なんちゃって・・・。

 わかっとるよ。ちょいといってみただけだ」

 トラはのんきだ・・・。

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