三十三 不動産屋とその息子
十一時過ぎ。
不動産屋が真介の部屋に現れた。
「伊藤涼太です」
不動産屋の息子は真介とあたしに礼儀正しくあいさつした。
「早速ですが家電を・・・。これですか。まだ、カバーが・・・」
不動産屋の伊藤さんは、リビングの隅に置いてある家電を見て驚いている。冷蔵庫も電子レンジも、ポリエチレンの透明なカバーをかぶったままだ。掃除機もカバーされている。
「二階堂さんは掃除を・・・、してありますね・・・」
伊藤さんは埃のない室内を見て驚いている。部屋の隅に手持タイプのフローリング用のワイパーがある。
「なるほど、これですませてましたか・・・。食事はどこで?」
「学食です。洗濯は大学生協のコインランドリーです。
買物は生協の販売部です。買物の間に洗濯と乾燥がすみますからね」
「なるほど、洗濯機が不要のわけだ」
「この部屋はクロゼットや戸棚が備え付けだから、便利です。衣類用の家具や本棚が不要ですね・・・」
真介はそういいながら、机の横に置いてある本棚を見ている。壁に備え付けの本棚にはあたしとトラの写真や、家族の写真、花瓶やちょっとした小物などが置いてある。
「それでは食器を見ましょう・・・」
机、本棚、ベッドなどを見ると、不動産屋の伊藤さんはキッチンへ移動した。
「炊飯器は?」
「様子を見て、こっちで買おうと思ってましたが、学食を利用してたから、買わずに今日まで・・・」
真介はそういいながら、シンクの引き出しとシンクの上の戸棚を開けた。
「一つも手をつけてないんですか?」
伊藤さんはあのプチプチの保護シートに包まれた鍋やフライパン、庖丁などのキッチン用品と食器などを見て驚いている。
「二階堂さん。キッチン用品と食器も含め、冷蔵庫と電子レンジと掃除機を譲ってください」
不動産屋の父親ではなく、息子の涼太がそういって頭を下げた。
交渉は全て父親がするものだと思っていた真介とあたしは、一瞬驚いた。
「私からもお願いします。これだけの食器と鍋など、一万では手に入らない。全部で二十万で引き取らせてください。お願いします。
それから、クーリングオフにより、契約金と家賃の全額を月曜の昼にお渡しします」
「ありがとうございます。
しんちゃん。お願いを聞いてあげてね」
あたしの言葉に真介がいう。
「ありがとうございます。家電と食器などは、全部で二十はしないです。十九に近いけど・・・」
真介は恐縮している。「
「正直な人ですね。ここまでの運送代ということで、二十にしましょう。
お前からもお礼をいいなさい」
「お願いします。これで炊飯器と洗濯機があれば、すぐに自活できます」
「わかりました」
「ではこれで・・・」
伊藤さんはうちポケットから封筒を出して真介にわたした。最初から、食器なども含めて二十万で引き取るつもりだったのがわかる。
「ダンボールなどはどうしましょう」
封筒を受けとり、真介は物置になっている部屋を示した。
「そのままにしておいてください。梱包材は必要ですから。
それと、涼太の相談相手になってください。
今、医学部の一年です。何かと忙しくなってきたから、自宅から通う時間が惜しいというのでここに引っ越すことになったのですが、
私としては一人暮らしは心配で・・・」
「父さんは心配性なんだよ。すみません。よろしくお願いします」
そういって涼太は、真介とあたしにペコリと頭を下げた。
真介がいう。
「では、今日と明日で私の荷物を運びだします。冷蔵庫と電子レンジと掃除機、食器とキッチン用品は、このままキッチンに置いてゆきます。
月曜に伊藤さんに会ったとき、部屋のキイをお渡しします」
「わかりました。その時、契約金と家賃を返金します。
月曜の正午に連絡します。
それでは、よろしくお願いします」
伊藤さん親子はていねいにあいさつして部屋から出て行った。
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