三十二 家電を譲る
翌日土曜。
リビングで朝ご飯。ハンバーガーだ。昨日真介が作ったハンバーグが材料だ。あきない味だ。
「午前中は、荷物を運べないから、のんびりするよ。
午後と明日の午前で、全て運べる」
ソファーテーブルの真介からあたしに、ヒマラヤのシェルパのごとく、冷蔵庫を背負い帯を使って背負って二階に運ぶ姿が伝わってきた。
一人用の小さな冷蔵庫というが、あたしより軽いけれど、相手は高さ一.五メートルほどの直方体だ。運びにくい。
それに、背負い帯ってなんだろう?しんちゃんは本当に冷蔵庫を背負うつもりか?
「読んで字のごとく。重い物を背負って運ぶときに使う帯だ。
木綿でできてる。柔道着の帯のような作りだ」
「そっかあ・・。あたしは何を運べばいい?」
「本、衣類、日用雑貨品、小さな家電、そんなとこだ。
持ってきた物をキッチンとリビングの空いてるとこにおいてくれればいい。
部屋に机を入れて本棚を組み立てたら、本を入れる。冷蔵庫は、こっちで使うか?」
「うーん・・・、使わないなあ」
「そしたら、部屋に入れとこう。電子レンジもだね」
「洗濯機は?」
「コインランドリーを使ってるから無いよ」
真介の話を聞いて、あたしは真介のことを知らないのに気づいた。
あたしはしんちゃんに無関心すぎるか?最愛のしんちゃんなのに・・・。
『そうでもなかよ。昨夜は二人とも自分の布団で寝おった。
二人でいっしょに愛しあうようになれば、たがいのことを考えるようになりおる。ほれ、
「親に成れる者が子を育てるのでは無く、子どもが夫婦を親にする」
というじゃろう。あれと同じじゃよ』
「そっか・・・」
「ああ、コインランドリーは乾燥までできるから、楽だ・・・」
「いつも、高見の見物みたいでごめんね・・・」
「どうした?」
真介はハンバーグを皿に置いて、あたしを見ている。
「今まで、しんちゃんにいろいろ心配してもらったのに、あたしはしんちゃんに何もしてあげてなかった・・・」
あたしはこれまでのことを思った。
真介はいつも私の身近に居た。
大学に入る前まで、いつも週末は家に真介が居た。真介はあたしのそばに居て本を読み、勉強し、母と話し、近所に住んでいる祖父母が訪ねてくると話してた。
それなのに、あたしは弓道に夢中で、休日の午後はほとんど弓道の練習をしてた。真介が身近に居るから、安心していたあたしだった。
「そうでもないぞ。高校に入るまえから愛妻になってくれた・・・。
それに、みんな家族になるんだから、週末はいつも、さなえの家に行ってた。
さなえと婚約したんだから、さなえの家が我家だ・・・」
「婚約は約束で、何もしてないよ。抱きしめられただけだ。ちっちゃいときに・・・」
「一昨日抱きしめたぞ。昨日も。そして今日も・・・」
真介はあたしを抱きよせた。そして、トラも。
「午後になったら、夜に備えて、まっさきにベッドと布団を運ぶ。
ベッドはさなえのお母さんに訊いて、さなえのと同じタイプにした。
くっつければダブルベッドだ・・・」
真介はあたしを抱きしめ、耳もとでそういった。最後は言葉でなく、思いが伝わってきた。ぼんくらの真介も真剣に愛しあうことを考えてる・・・。
「わかった。ハンバーグ食べたら、あたしの部屋とキッチンをかたづけるね・・・」
あたしは顔を離して真介の目を見つめ、思いきり真介に口付けした。
ハンバーグ味の口づけ。これもいいもんだ・・・。
朝食後。キッチンをかたづけた。
あたしの部屋はよけいな物が無い。冷蔵庫と電レンジを置くスペースはある。
「冷蔵庫をここに置いて、その上に電子レンジをのせればいいよ」
あたしは真介にあたしの冷蔵庫の隣を示した。冷蔵庫と電子レンジをかたづければ、真介のテレビと掃除機はどこにもおける。
「衣類だけでも運んでおく。クロゼットに入れるよ」
真介はあたしの隣の部屋を指さしている。
「食器は?」
「台所用品は、乾燥カゴに入る程度だ。まだ、使ってない」
そう話していると真介のスマホが振動した。不動産屋からだった。
「なんだろう・・・」
真介はスマホをスピーカーモードにした。
「〇〇不動産です。二階堂さんですか?」
「はい。何か急用ですか?」
「いえ、二階堂さんは二階の中林さんと結婚して、二階へうつるのですよね」
「ええ、そうです」
「そしたら、昨日話してた家電ですが、私が立ち会って二階堂さんが入居したときのままで、まったく使っていないと話してましたね。
定価でいいですから、売ってもらえる物があれば新規の入居者に売ってほしいのです。
新規の入居希望者は医学部の学生です。引っ越しにあまり時間をかけたくないといってましてね・・・」
まあ、時間を欠けたくないというより、金でかたづけようというような人物でして、と不動産屋の思いが伝わってきた。
「とりあえず、譲れるのは冷蔵庫と掃除機、電子レンジの三つですね。掃除機をのぞき、冷蔵庫と電子レンジは使ってません。食器も使ってませんが、これは個人の好みがありますね。どれも研修が忙しくて、使うヒマがなかったんです」
「カタログと購入時のレシート。取ってありますよね?それを見て、家電三点の代金を今日支払います。大まかな金額を教えてください。
食器は見てからにしましょう」
「カタログとレシート、保証書は取ってありますよ。いいんですか?不動産屋さんが代金を肩代わりして?」
「ええ、新規の入居者が使わなければ、私が使います」
「定価だと税金こみで、ぜんぶで十六万四千七百五十円です」
「では、その額で三点を譲ってください。これで、私も肩の荷がおります」
「どうしたんです?」
「いや、新規の入居希望というのは、私の親族でしてね。いろいろ頼りにされてまして・・・」
不動産屋から、あたしの思いもしなかった事実が伝わってきた。
真介も不動産屋の思いを感じ、
「食器も、買ったまま使っていません。見てからでいいですから、良かったら、一万で引き取ってもらえませんか」
「一万でいいんですか?」
「実際はそれより高かったんですが好みがあるでしょうから、見て気に入ったら、考えてください」
「わかりました。家電の十六万四千七百五十円は確定です。よろしくお願いします、十一時にうかがいます」
「わかりました」
通話は切れた。
「親も大変ぞね・・・」
トラが不動産屋の気持ちを思ってそうい言った。
あたしは不動産屋から知った、不動産屋の思い話した。
「でも良心的な父親だね。再婚した妻も、前妻と息子の存在を認めてる。
前妻との離婚原因が現妻と娘だからね・・・。
コーヒーをいれる・・・」
「異母妹か・・・」と真介。
「わしには兄弟姉妹がおらぬし、子どももおらぬ。考えねばいかんな・・・」
真介とあたしとトラは、自分たちに異母妹がいたらどうしていただろう、と考えていた。
十一時少し前、真介とあたしは、トラをリュックに入れて背負い、真介の部屋へ行った。
「トラ。静かにしててね。気づいたことを伝えてね」
あたしはリュックのトラにそういった。
「了解したぞね。ここから高見の見物をしとるよ」
「うん」
真介の1LDKは整然としている。リビングにベッドと机と本棚、テレビとテーブルがありクッションがあり、ダイニングキッチンに冷蔵庫と電子レンジがある。寝室となるべき部屋は引っ越ししたときの梱包したダンボール箱の類いがそのまま置いてある。
いずれ引っ越すのだから、その時使うつもりだった、と真介は説明した。
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