三十一 婚姻届を出す前にクーリングオフ
アパートへの帰路、真介がいう。
「今日、さなえのお母さんにも許可を得たから、頃合いをみて、さなえの部屋に引っ越したい。いいかな?」
「うん、いいよ・・・」
二部屋借りて、ふたりで一部屋に住んで、もう一部屋を真介の勉強だけに使うなんて不経済だ。それにあたしの部屋は2LDK。真介の部屋は1LDKだ。
「その前に、婚姻届を出そう。
さなえのお母さんと祖父ちゃんは、祖母ちゃんの許可は取った。
三人とも、大喜びだったよ」
「うん・・・。えっ?エエッ!?」
「どうする?届けが先か?指輪を買いに行くのが先か?」
そうこうしている間にアパートに着いた。
「・・・」
あたしはドアの前で呆然としていた。
「まだ、入居したばかりだけど、契約から十二日過ぎてる。
あと二日以内なら、クーリングオフできる」
真介の言葉で、あたしは我に返った。土日は不動産屋は休み・・・、ではなかった。水曜が休みだ。
それでも、日曜までに荷物を移動するのだからクーリングオフは今すぐのほうがいい。
「オフが先!それで、即、荷物を運ぶ!
オフできなくても後悔しない。
しんちゃんの決断が遅かったんだからね」
「了解!」
真介は家に入ってすぐさま不動産屋へ連絡した。
事情を説明すると不動産屋は快く、
「部屋の中を新規契約の人に見せていいなら、来週中に荷物を運べばいいですよ」
といってクーリングオフを認めてくれた。
「というのも、二階堂さんの部屋は、学生のモデルルームとして見栄えするんですよ。
あれなら、部屋を借りたいという人がすぐに決ります。
明日、正午前、新規の顧客を案内したいので二階堂さんの立ち会いで部屋を見せてください」
「わかりました。立ち会います。よろしくお願いします」
電話を切った真介はほっとしている。何ごとも、早くすませたほうが気楽だ。
「さなえのいうとおりにして良かった。
さあ、ハンバーグを作るぞ!」
「あたし、荷物をどこに置くか、考える・・・」
「頼むよ。トラ、手伝え」
「わしはネコじゃ。真介のようにはゆかぬよ」
「そういうな。味見くらいはできる・・・」
「うむ・・・」
あたしは調理を真介とトラにまかせ、リビングのソファーで真介の荷物をどうするか考えることにした。あたしの部屋は2LDKだ。
本棚、机、ベッド、テレビは真介の1Lの部屋に置けばいい。
衣類は備え付けのクロゼットに入る。
小さな冷蔵はリビングだ。
電子レンジと洗濯機、掃除機はどうしよう。
いざとなったら、真介の部屋を物置にして、ベッドと机をあたしのの1L部屋に入れればいい。
そうじゃないな。
ベッドをあたしの部屋に入れて、真介の部屋に机と本棚と家電を入れればいい。
たしか荷電は新品だ。真介は梱包箱をたたんで取っていたはずだ。
これでいい・・・。
そう思ってリビングからキッチンを見た。真介とトラがハンバーグの味見をしている。テレビ台の時計を見ると六時半だ。
えっ!帰宅して一時間も経っている。あたしは一時間も何してた?
「心が散歩しとったぞ。あの女のところへ・・・」
「チビックの病室へか?
あたしは病室どころか病院にも行ったことないよ・・・」
トラの言葉にそういった後で、あたしは真介の研修している病院を見ていないことに気づいた。
これっていけないことだろうか?
しんちゃんは今日、あたしの講義を見に来た。
まあ、食材の買い出しのついでではあるが・・・。
しんちゃんは、本当は何しに来たのだろう?
あたしに会いに来たんだな!愛妻のあたしに・・・。
あたしは、チビックの前であたしを愛妻といった真介を思いだした。
まわりには買物客がいた。全て学生だ。
ウワッ、あしたから、学内の噂の的になってしまう!
あたしの思いに気づき、トラがあたしを見ている。
「心配いらぬよ。さっき、加具土神さんがピカッと光を発した。
記憶に残っておらぬよ・・・。
おお、完成したぞ!
どこで食うかいのう?」
「ダイニングで食べる。そっちへ行くよ・・・」
あたしは、あたしの意識の他に、別な存在があたしの中にいるのを感じた。
それはソファーに座り、オンになっていないテレビに見入っている。
そんな者の前に、トラと真介を座らせたくなかった。
「だいじょうぶ、心配ない。心に残った残像みたいなものだ。
チビックのことが強烈だったんだね。
爺ちゃん、そうだな?」
真介はダイニングのテーブルにハンバーグを並べながら話している。
「いずれ、サナも自分で、心の記憶を整理できるようになりおる。
今は過渡期ぞね。心配はなかよ」
トラはのんきにそういい、ダイニングのテーブルに箸を並べている。器用になったものだが、手を洗ったのだろうか?
「うむ、さっき洗面所で洗ったぞ。それくらいはわきまえとるよ」
そういってトラは、オッホンと咳払いした。
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